第16話 たのしいか?

 残った王冠と百円と交換した一つと、二十一個の星のかけらが入っている茶色い袋を右肩にかつぐ。反対の肩には小人がふたり。学校へ続く草がおいしげる道をくだっていった。


 セミにかわって、虫たちがじーじーと鳴き始めた。けたたましいセミと比べ、虫の声は耳にやさしい。

 あたりはだんだん暗くなってきたけど、蛍たちが道を照らしてくれる。ちょっとかけた月がこい紫の空にうかんでいた。


「もうすぐ、満月なの?」


 満月の夜、池にしずんだかけらがひかり出し、ゲンたちは元の大きさへもどれる。こんなにいっぱい星のかけら集めたんだから、絶対もどれる。パンパンにふくらんだ袋の重さを肩で感じながら、そう思った。


「あさってには、満月になるよ。今年はアスのおかげで、元の大きさにもどれそうだ」


 サブ兄ちゃんがほこらしい目で、あたしをみた。その目をみてたら、なんだか胸がぎゅってなる。あたし、照れてるのかな。ほめられたこと、あんまりないもんね。


 二十分ぐらい歩いたら、大きな建物がみえてきた。コンクリートの建物じゃなく、瓦屋根かわらやねの木造の建物。あれが、校舎こうしゃなのかな。

 あたしが通う小学校みたいに、三階建てじゃなく、一階しかない。でも、屋根も落ちてないし、壁に穴もあいてない。


 島のほとんどの建物は、ゲンたちのねぐらみたいにボロボロだったり、ぺしゃんこにつぶれてた。

 そんな建物をみるたび、のどの奥がヒリヒリする。のども、かわいてないのに。そこに住んでいた人は、どこへいったんだろうって。


 石の柱が二本立っている門をぬけた。運動場は草がうっすらはえている。


「ここには、草があんまりはえてないんだね」

 まさか、ゲンとサブ兄ちゃんが草ぬきしてるのかな。


「鹿たちが、ここの草食べてるんだ。朝はだいたいここでのんびりしてる」


 あの親切な鹿さんの草をもしゃらもしゃら食べている姿が、目にうかんだ。


 山を背にした校舎こうしゃ。その前に変な銅像がある。なんだろ、あれ。近づいていくと、その姿がはっきりとみえてきた。

 着物姿の子どもが荷物をしょい、片手で本を読んでいる。立って本読むなんて、お行儀悪いな。

 サブ兄ちゃんに「あれだれ?」って聞こうとしたら、ふたりはあたしの耳元で大声をあげた。


「先生! からだ大丈夫?」


 あるきスマホ――いや本か――の銅像の足元に、小人が座っていた。小人だけど、大人の男の人だ。くまみたいながっちりした体形。とても、体が弱っているようにはみえなかった。


「おお、来たか。今日はどうした」

 声も低くてふとい。お父さんの声みたい。でも、年はうちのお父さんより若そう。あたしの担任の先生ぐらいかな。


「今日一日で、二十五個も星のかけらがみつかったんだ。すごいだろう」


 ゲンが先生にほめてもらいたくて、うずうずした声でいった。


「それは、すごいな。その大きい友だちのおかげか?」

 あたしに、笑顔を向けて先生はいった。


「こんばんは。あたし、アスといいます。白バトさまにつれてこられました」


 挨拶あいさつするあたしの顔をみあげ、先生は口のはしを少しだけあげていった。


「そうか、白バトさまにか。ここは楽しいか?」


 楽しいかって聞いているのに、その声はさみしそうだった。

 そのちぐはぐさにためらいながらも、あたしは「はい」とひとこと返事をした。


「楽しんだら、早く帰った方がいいぞ。元の場所へ」


「帰りたくなったら、いつでももどしてくれるって、白バトさまが――」


 あたしの言葉を聞き、先生は安心したように大きくうなずいた。そして、サブ兄ちゃんをみた。


「サブロー、今日ヤマボウシの実が落ちてたから、拾っておいたぞ。ゲンとキャッチボールしたらどうだ?」


「ヤマボウシ、まだ緑でとげとげしてる。グローブなかったら手が痛いよ先生」

 サブ兄ちゃんのかわりに、ゲンが文句をいった。


「おまえは絶対そういうだろうと思って、二宮金次郎さんの台座でこすってとげを落としておいたぞ。ほらっ」


 先生はそういうと、あたしの肩にいるゲンへ緑色のボールを投げてよこした。


「すっげー、すべすべになってる。ありがとう、先生」


 いいなあ。あたしもいっしょにキャッチボールしたいけど、ヤマボウシのボールは一センチくらいしかなかった。


「ボクたちからも、おくり物があるんです。星のかけらこれだけみつかったから、ひとつうけ取ってください」


 サブ兄ちゃんの言葉に、先生はこまった顔をした。


「星のかけらは、池に入れてはじめて力が出るんだぞ。先生が持っていてもしょうがないって、何回もいっただろ」


「それでも、なんにもないよりましだ。今日は元気だけど、いつも起きあがれないんだから。あさっての満月の日に池までいけない」


 ゲンが先生にくってかかる。

 ここに、病院なんかあるわけない。元気にみえるけど、先生の体は弱ってるんだ。

 ふたりは、先生のためにもがんばってかけらを探してたんだね。


「あさってまであたしここにいるから、先生を池まで運んであげるよ。それまでお守りがわりに持ってて」


 突然とつぜんの提案に、先生は目を丸くしていった。


「女の子に運んでもらうのか。ちょっと恥ずかしいなあ。でもありがとう、アス」


 パンパンにふくらんだ袋みたいに、あたしの胸も先生の言葉で大きくふくらんだ。

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