第11話 さあ、いくぞ

「鹿さん、とってきてくれるの?」


 あたしは食い気味でいっていた。


「おうおう。これぐらいの崖なら楽勝だ。鹿は谷だってかけおりるんだ」


「ヨシツネのひよどりごえの逆落さかおとしだろ」

 ゲンが呪文みたいな意味のわからないことをいう。


「何それ?」


「アスはやっぱり、宇宙人だな。ヨシツネ知らないのかよ。英雄えいゆうだぞ」

 スズメにばかにされた。こっちの英雄の名前をいわれても、わかるわけないって。


「おらが、飛びおりて口に石くわえる。そんで後は一気だあ。途中で石のみこんじまうかもしんねえが、フンで出てくっから」


 鹿さんのこの言葉にみんなすばやく、

「それは、ちょっと」

「うえ、きたねえな」

「絶対やだ!」

 拒否反応をしめした。


「そおか。うんじゃあ、どうすんだ?」


「あ、あたしが鹿さんの背中に乗って、い、いくよ」

 かんじゃった。裏返った声でいったあたしを、みんながいっせいにみる。


「危ないよ、これ以上無理させられない」

 サブスズメ、心配してくれてありがとう。


「すげえ、ヨシツネだ。いいなあオレもやりたい」

 だから、ヨシツネって誰だ。あんた今スズメなんだから無理でしょ。


「おお、そいつはええ。人を乗せて崖くだりか、脚がなるなあ」

 しっかりたのむよ、鹿さん。あたしの命あずけるんだからね。


 あたしは、鹿さんに再びまたがって、崖をみおろす。さっきみた時より一段と高く、体がふるえあがる。これって、武者ぶるいってやつ?


「おらは、いつでもええどお」

 鹿さんの緊張感のない声で、カチンコチンに固まっていた体から力がぬけていく。


 あたしは首を九十度あげて、太陽に手をかざす。今日もいい天気。空もとっても青く雲ひとつない。その下に広がる海もかがやいている。

 こんな崖からおりたら、あたしは英雄ヨシツネにだってなれる。


「よし、いこう!」


 あたしの合図で、鹿さんの脚は地面を力強くけった。一瞬で、体が宙にうく。角をにぎる手と、太ももに力をこめる。ういたと思ったら、今度は急降下きゅうこうか

 あーこのお尻がもぞもぞする感じ知ってる。ジェットコースターだ。


 こういうの得意かも。未知の体験が、知ってる体感だった。さっきまでの心臓のドキドキは、ワクワクにかわった。宇宙空間みたいに体がフワッとうく。宇宙へなんていったことないけど。それは衝撃といっしょに突然おわり、無事星のかけらが落ちている段差へ着地。


 鹿さんが石をくわえて、背中に乗るあたしの手のひらへおいてくれた。やった三つ目ゲット! ポケットにしまって、ズボンの上からポンポンとたたく。でも、これで終わりじゃない。


「やあ!」


 ゲームの武将っぽいかけ声をあげ、残りの崖をかけおりる。右に左に岩の上を華麗かれいにジゃンプする鹿さんの背中は、激しく上下する。ふり落とされないように、必死にしがみついた。応援するように、スズメたちがまわりを飛んでいる。


 そっかあたし、今スズメたちといっしょに飛んでるんだ。これってすごくない? つまんない夏休みが、大冒険の夏になってる。

 先生にいわれるまま、ソフトボール部に入らなくてよかった。断然こっちの方が楽しい。


 だって、自分で決めたんだもん。この崖おりるって。

 あたし、最高の夏休みをすごしてる!


 鹿さんは最後の岩をけって、無事崖の下まで運んでくれた。


「すごいぞ、アス! 今日一日で三つも星のかけらが集まった。こんなのはじめてだ」


「ありがとう。ボクたちじゃ絶対とれなかった」


 二羽に喜んでもらって、勇気を出したかいがあるってもんだ。鹿さんの背中の上で、あたしの鼻はすこし高くなる。


「おおい、おらにもありがとうっていってくれよお」


 あたしはとんと背中からおりて、このミッションのパートナーへ、

「ありがとう。すっごく楽しかった!」

 そういって、首に腕をまわしてだきついた。


 かたい毛がチクチクほほにあたってくすぐったい。くすぐったさは、全身に広がりなんだか照れちゃう。あたし今まで、心からお礼っていったことあったかな。

 今までのお礼は、口先だけだったような気がする。お礼って、いわれた人がうれしいものだと思ってたけど、いう人もこんなにうれしいんだね。大発見!


「どういたしましてだあ」

 鹿さんは口をぱかっとあけ、はぐきをみせひゃひゃひゃって笑った。


「鹿のやつ、照れ笑いしてやんの」


 そのゲンスズメの冷やかしに、みんなで声をそろえて笑った。もちろん鹿さんも。笑い声はどんどん大きくなって、太陽へとどきそうだった。

 笑いすぎてちょっとかれた声で、あたしはいった。


「ねえ、これどうするの?」


 ポケットから石を三つとりだし、そおっと手をひらいた。木もれ日をうけて、星のかけらはにぶくひかっていた。


「今から池へ入れにいこう」


「そうだ、こっから近いし。アス、また鹿に乗せてもらえよ」


 そうゲンスズメがいったら、鹿さんはブルルって口をならした。


「おら、八幡様には近づかねえ。白バトさまに会っちまう」


「えっ、あの白バトさまって池にいるの?」


「白バトさまは、八幡様のお使いをされてる。神様みたいなえらーいハトさまだあ。もしみちまったら目がつぶれる」


 そんなえらいハトだったの、あれ。そういえば、八幡様のシンシとかなんとかいっていた。何よりえらそうだったし。

 そっか、いつでも白バトさまに会えるんだ。ということは、いつでも帰れるんだ。よかった。

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