第6話 かわくまで

 一回すべってしまえば、もうこわくない。何回も何回も、くり返した。そのうち、服のベタベタもきれいに洗い流された。遊びながら、洗濯できるなんてすごい。こういう一つのことで、二つ目的が達成されることを、一石二鳥っていうんだよね。たしか。


 石は一つじゃなくていっぱいペットボトルの中にあるけど、たしかに鳥は二羽だ。

 親父ギャグがうかんだとたん、お父さんのことを思い出す。お母さんのことも。

 昨日家に帰らなかったから、心配してるかな。


 大丈夫、白バトさまはきっとむかえにきてくれる。ひょっとしたら、ポストへ手紙を出した時間にもどしてくれるかもしれない。

 よく、アニメやマンガであるやつだ。それぐらいしてくれそう。なんてったってハトなのにしゃべるし、様づけだし。


 服はきれいになったけど、ぬれたままではやっぱり気持ち悪い。スズメたちは白い石を探しにいくといって、どこかへ飛んでいった。


 かわかすなら、今しかない。誰もいないか、あたりをみまわし、ティシャツとズボンをぬいだ。さすがに、パンツはぬがずにそのまま。ここで、裸んぼうはありえないって。


 ズボンはしぼって裏返す。たしかお母さんはこうしてたはず。ティシャツはそのまま。で、二枚を河原の大きな石の上に広げてほした。石は太陽に照らされ、やけどしそうなほど熱々。薄いティシャツは、アイロンをかけたみたいにしわがのびていく。ひっくり返して、さっきと違う熱い石の上におく。


 手でさわると、けっこうかわいているかも。ちょっと生がわきだけど、やっぱり着てないと恥ずかしいから、ティシャツだけ着ることにする。

 男の子っぽいっていわれるあたしだけど、いちおう中一の乙女だしね。


 くつも、中にはいった砂を川の水できれいに洗い落としてほした。

 いままでは、野球で汚れたユニフォームやくつは全部お母さんが洗ってくれた。はじめて自分でしたけど、意外にできるもんだ。

 おひさまの強い光ですぐにかわきそうなくつ。腰に手を当て、満足した気分でみおろした。

 帰ったら自分でするっていってみよう。って思ったけど、いま野球をしていなかったんだ。


 服をほした岩のかげでごろんと横になる。真っ青な空をみあげた。こんなにいい天気なんだから、今頃中学の野球部は練習してるだろうな。太陽の光がまぶしい。まだ手のひらにマメがのこる手で、太陽をかくした。


 お父さんといっしょに、テレビの野球中継をみはじめたのは、いつだったかな。おぼえてないや。

 小学校の野球チームは、女子でもはいれた。だから、一年生になったらすぐお母さんにお願いして、入れてもらった。

 最初女子は、あたしをいれて五人。でも一人やめふたりやめ、最後はあたし一人だけになったって、へっちゃらだった。野球は大好きだし、男子に負けたくない。ずっと続けるつもりだった。


 それなのに中学の野球部に入部できるのは、男子だけってわけのわからない決まりがあった。

 なんで? あたし、男子よりうまいのに。あたしよりへたくそな男子が入れるのに、どうしてあたしが入れないの?


 野球部の顧問の先生に頼みにいったのに、あたしがどんなにうまいかみようとしないで、そういう決まりだからって断られた。かわりに、女子はソフトボール部に入りなさいだって。


 野球とソフトボールは全然ちがう。ボールだってちがうし、ピッチャーの投げ方だってちがう。って先生にいったら、ほとんどいっしょだって。

 絶対、ソフトボール部に入るもんかと思った。


 先生がいうように、ほとんどいっしょだったら、なんでわざわざわかれて似たようなことするの? 男子も女子もいっしょに、野球すればいいんだよ。


 ゲンたちが普通の大きさの男子なら、よかったな。いっしょにここで野球できたのに。でもさっき、前は普通だったっていってたような。

 じゃあ、なんでスズメになったり小人になったりしてるんだろう。


 そもそも、ここってどこ? 人間の世界とは別世界かと思ってたら、ペットボトルのラベルが日本語だった。あたしが知らない文字のラベルもあったけど。

 日本の近くのどっかの島なのかな。それとも、日本製のゲームの中? ゲンたちは魔法をかけられた島の人だったりして。


 で、あたしがここにつれてこられたのは、その魔法をとくため。白バトさまはまちがえたっていってたけど、あたし選ばれたんじゃないかな。

 それだったら、いいなあ。ゲンたちを救う勇者になれる。

 RPGの勇者みたいな甲冑姿かっちゅうすがたの自分を想像したら、笑いがこみあげてきた。ゲームならまず、アイテムを探さないとね。


 セミの鳴き声が雨みたいに、ニヤニヤする顔にふってくる。こういうのセミしぐれっていうんだっけ? 国語の俳句の授業で習った。夏の季語、セミしぐれ。

 セミの声を雨にたとえるって意味わかんなかったけど、こういうことなのか。山の中が、セミの声でいっぱいに満たされている。その音は途切れず、頭の上からふりそそぐ。本当に雨みたい。


 最初はうるさいだけだったけど、今はもう耳になじんでる。セミしぐれを聞いてると、だんだんまぶたが落ちてきて、目の前は真っ暗になった。


「アス、こんなところで寝てたら風邪かぜひくよ」


 あれっ、パーティーのメンバーに声をかけられた。ひょっとして今からゲームスタートですか?

 期待に胸をワクワクさせながら、うす目をあけると普通サイズの知らない男の子が顔をのぞき込んでいた。


「キャー、あんただれ!」


 その顔があまりに近くにあり、驚くやら恥ずかしいやら。あたしは、大声をあげていた。


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