第7話 きみはだれ

「ひどいな、サブローだよ」


 男の子はそういうけど、あたしの知ってるサブ兄ちゃんはスズメですけど。それに、ゲンといっしょの小人のはず。

 はっ、そんなことよりあたし今、ズボンはいてない。あわててティシャツのすそを思い切りひっぱり、足を少しでもかくす。そして、よろけながら岩の上にほしてあったズボンをひっつかんだ。

 いそいではいてふり返ると、さっきの男の子は消えて小人がふたり河原に立っていた。


「日が暮れたから、オレたち人間にもどったんだ」


 昨日夕方にみた、丸ぼうずのゲンがそういった。そのとなりには、さっきあたしの顔をのぞきこんでた男の子が、小人サイズで立っている。

 あたし、ねぼけたのかな。うす暗くなった河原で、思わず目をこする。こすってもふたりは小人のまま。


 うん。ねぼけてたんだな。


「ごめんね、サブ兄ちゃん。スズメじゃなかったからびっくりした」


 丸ぼうずより少しのびたかみの毛、ランニングに紺色の長ズボンをはき、足もとは下駄のサブ兄ちゃん。ゲンより背が高くて大人びた顔は、あたしより年上かな。ちょっとやさしい顔したイケメンだ。クラスの女子とかが騒ぎそうな感じの。


 もの知りなかしこい感じも、その整った顔に出ていた。まっ、あたしはクラスの女子とちがって、かっこいいからってさわがないけどね。


「それより、ズボン裏返しだよ」


 そうサブ兄ちゃんに言われて気づく。そうだ、ズボンは裏返しでほしてたんだ。

 ふたりに、後ろむいてとお願いし、あたしはズボンをぬいで表返しにしようとした。

 そうしたら、ポケットから何かが落ちた。銀色の丸いものが河原の石にあたって、ゲンたちのほうへはねていく。


「あっぶねえな。あたるとこだった。なんだこれ?」


 ゲンが夕方の太陽でにぶくひかるものを、しげしげとみている。あたしはあわててズボンをはき、落としたものを拾いあげた。アイスを買うためポケットに入れた百円玉だった。


「お金だよ。みたことないの?」


「お金は知ってるけど、こんなのみたことない。アスっていったいどこから来たんだ?」


 ここってやっぱり異世界なんだ。百円を知らないなんて。ゲームの中かもしれない。きっと、そうにちがいない!


「ねえ、まずはなんのアイテム集めればいいの?」


「はっ? 何いってんだ」


 ゲンがさもばかにした顔であたしをみる。ゲームの中の人は、自分のことゲームの人ってわからないよね。うんうん。


「あいてむって言葉はわからないけど、集めてるものはあるよ」


 かしこそうなサブ兄ちゃんの言葉に、あたしは色めき立つ。


「何探してるの? あたしにも手伝わせて」


「石だよ」


 石なんてさっき海で散々拾ったのに。ふたりの探してた白い石が、その集めてるものなの?

 全然特別なアイテムじゃない。がっかり……。

 あたしの落胆らくたんが伝わったのか、サブ兄ちゃんは説明してくれた。


「ただの石じゃないんだ。星のかけらなんだ」


 それを早くいってよ。星のかけらなんてすごいレア。


「どこ探せばいいの?」


 あたしはふたりの小人の前にひざまずいて、小さな顔をのぞきこむ。あまりにも勢い良すぎたのか、ふたりは引き気味。


「アスに手伝ってもらったら、すごく助かるけど。今は早く山をおりないと、真っ暗になる」


 サブ兄ちゃんに、助かるっていわれた。たよりにされるって、うれしいな。これはがんばらないと。くわしい説明は、ねぐらに帰ってから聞こう。

 昼間の暑さはゆるみ、冷たい風がふきはじめた河原を後にした。


 スノードームペットボトルと空きペットボトルの入ったあみを手に持ち、左右の肩に小人をのせ、あたしたちは家路についた。家というかねぐらだけど。


 山をくだって、海辺の風通しのいいひらけた場所にねぐらはあった。

 暗くなる前に、ついてよかった。昨日は気にならなかったけど、やっぱり夜はこわい。

 中に入ると、屋根が落ちた天井から月の光が差し込んでいた。その光がコンクリートの床におかれた茶色の物体にあたっている。

 なんだろう、朝ここを出た時にはなかったのに。


「それ、漂流ゴミの中でみつけた漁網ぎょもう。ここに運んでもらったんだ。アスの寝床ねどこになると思って」


 ちょっと自慢気にゲンがいう。

 寝床ってベッドのこと? あみをどうしたら、ベッドになるんだろう。それよりも気になることが。


「誰に運んでもらったの? これ、ふたりは運べないよね」


 こんもり盛りあがったあみをみて、あたしはいう。


「鹿にたのんだんだ。鹿はサルとちがってボクたちに友好的だから」

 サブ兄ちゃんの言葉にあたしは、絶句ぜっく


「鹿がお願い聞いてくれるの? 何そのファンタジー設定。素敵すぎる。あたしも鹿に会ってお話ししたい」


「ふぁんたじぃって、なに?」

 そういって、ふたりは不思議そうな顔になり、小首をかしげた。


 月明かりをたよりに、そのあみを広げる。サブ兄ちゃんに指示されて、あみの両端りょうはしを柱と壁にそれぞれくくりつけた。これってひょっとして……。


「ハンモックだ。すごーい。一回ハンモックで寝てみたかったんだ」


 アウトドアのお店にあったハンモックが、落ちてたゴミでできちゃった。

 あみの中にまずおしりを入れ、くるりと体を回転させて、ハンモックの中で寝そべる。手と足を思いっきりのばしたら、反動でゆらゆらゆれた。


「気持ちいい。これなら、体が痛くなくてぐっすり寝られそう。ありがとう」


「その中に、草をしきつめたらもっと寝ごこちいいから」


 サブ兄ちゃんのナイスな提案に、さっそく草をとりにいこうとしたら、あたしの目の前を緑の光がふらふらと横切っていく。


 なんだろう?

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