第4話 えらそうなスズメ

 なんか体が痛い。またベッドから落ちてゆかで寝たのかな。お布団のあの気持ちのいいやわらかさがない。それに、ちょっと寒い。エアコンのタイマーつけ忘れたっけ?

 お母さんに怒られるよ。


 それにしても、へんな夢だった。手紙をポストに入れただけなのに、山奥に飛ばされた。おまけに、ハトがえらそうにしゃべってたし。

 あっあと、小人の男の子もいた。あの子とはちょっと友だちになれそうだったな。


 そろそろ起きないと、お母さんがあがってくる。起きたって何もすることないし、もうちょっと寝かせてほしい。


 寝ぼけているあたしの耳元がうるさい。なんの音? 目覚まし時計なんてかけてないし、チュンチュンってスズメの鳴き声に似てるような。

 部屋の中にスズメが入ってきたのかな。そう思って、あたしは重いまぶたをそろそろとあけた。


 たしかに、スズメが目の前でうろうろしている。かわいいなー真っ黒な目をして、頭は茶色いぼうず頭。おなかはふわふわ白い羽毛。なんかタンクトップ着てるみたい。

 夢の中に出てきた、男の子に似てる。そう思ったら、クスクス笑えてきた。


「おい、アス。なに笑ってんだ。起きろ!」


 かわいいはずのスズメに、命令された! なんだこれ。夢の続き?

 痛い体をゆっくり起こす。

 ううん、夢じゃない。だってここ、あたしの部屋じゃないもん。床はコケがびっしりはえたコンクリートだし、かべにはツタがからまって緑一色。顔をあげて天井をみたら……なかった。屋根が落ちている。ここっていわゆる廃墟はいきょ


 昨日つれてこられた、緑の世界にまだあたしはいる。


「やだー誰か夢っていって!」


「夢じゃないって。いいから起きろ」


 またスズメがしゃべった。このスズメ昨日の男の子なの? 名前はたしかゲンだったはず。


「あの、スズメさんの名前はひょっとしてゲンですか?」


 お願いちがうっていって。やっと出会えた人――たとえ小人でも――がスズメだったなんて。そんなオチいらないから。


「そうだよ、ゲンだ。オレたち昼間はスズメになるんだ」


 何そのファンタジー設定……。

 んっ、オレたち? あたしはスズメになってないよ。そう思って、きょろきょろとあたりをみたら、ほかにもスズメが一羽。ぴょんぴょんはねて、こっちへ近づいてくる。


「この子が、ゲンのひろった子? はじめまして、サブローです」


 とてもお行儀がいいスズメだ。


「サブ兄ちゃん。ひろったんじゃなくて助けたんだよ。サルから」


 兄ちゃんというからには、ゲンより年上なのだろう。スズメの姿ではみわけがつかないけど。


上谷かみやのサルか。あいつら凶暴きょうぼうだからな。よくにげられたな」


「アスは女なのに、すごく足が速いんだ」


 足が速いってほめてくれてうれしいけど、女なのにはよけいだよ。そんなことよりも。


「ねえ、ここってどこ? スズメのお宿なの」


 二羽のスズメはピーチクパーチクおしゃべりをやめ、顔をみあわせた。小首をかしげたスズメってかわいいな。


「スズメのお宿だって……おっもしれー」

 

 ゲンスズメがばかにして笑い出した。くそー、こまってる女の子には親切にしないといけないんだぞ。


「アスがびっくりするのも無理ないよ。お宿っていえばそうかな。ねぐらにはちがいない。ここは、ボクらの島だ」


 ここ島なんだ。じゃあ、おじいちゃんの住んでるところなわけない。あのハトめ。

 だんだん頭がはっきりしてきた。あたしは昨日のことを思い出す。

 暗くなってゲンにつれられ、ここへきたんだった。暗いの大きらいなのに、月明かりがきれいであんまりこわくなかった。


 電灯なんてあるわけないんだけど、ぼんやり明るかった。虫の音と波の音がして、そのくり返しのリズムでねむたくなった。ついたらそこらのかれ草をかき集め、その上でさっさと寝てしまったのだった。


「おまえ、白バトさまにここへつれてこられたんだろ? オレみてたんだ。むかえにくるっていってたし、いいじゃねえか。それまで遊ぼうぜ」


 ゲンがかわいいくちばちをパクパクひらいて、明るくいった。あのハトのこと「白バトさま」だって。それより。


「朝から遊ぶの? 宿題は?」


 朝のすずしいうちに、勉強しないと。夏休みの日課を思い出しあたしはいった。


「宿題? スズメに宿題なんかないよ。ただ日をたっぷりびて遊べばいいんだ」


 ここにいれば、遊び放題。すごく魅力的みりょくてきな言葉。海も山もある。最高じゃん!

 あのハトはきっとむかえにきてくれるだろう。すっごくえらそうにいってたんだから、ウソつかないよね。


 そう思ったら急に元気が出てきた。何して遊ぼう。やっぱり海だな。あたしはすっくと立ちあがり、スズメ二羽を肩に乗せ緑の廃墟から出たのだった。


                *


 白い砂浜。よせては返す波打ちぎわ。青空が落っこちたみたいな、真っ青な海。太陽は海の上をのぼってる。ギラギラ照りつける前に、海に入ろう。

 あたしは、くつを放り投げ海へ一直線。足へ感じる海水の冷たさに、ぶるっと身ぶるいする。朝の海はまだ冷たくて、気持ちいい。

 こういう気持ちなんていうんだっけ。ラジオ体操する早朝の公園の空気を吸った時。そうだ。すがすがしいだ。


 そのすがすがしい空気をいっぱい吸い込んで、海にざぶんとつかろうと思ったけれど。はっとあることに気がついた。


「どうしよう。あたし水着じゃない。それに着替えもない。服汚したら怒られる」


「そのまま入ればいいんだ。よごしたって誰も怒んねえよ」


 そうだここに、お母さんはいない。ゲンスズメのいう通り。


「汚れた服は川で洗えばいいよ。この天気だ、すぐにかわく」


 自分のことは自分でできる。サブスズメの言葉に、ウンと大きくうなずく。

 あたしはひときわ大きな波に向かって、思いっきりつっこんでいった。



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