第3話 うしろには

 かなりやばい、この状況。

 こんな山奥へつれてこられて、おき去りにされた。ハトが誘拐ゆうかいしたって、おまわりさんにいってやる。でも、ここにおまわりさんいるのかな。


 スズメの鳴き声がしなくなった。さっきまで聞こえてたのに。日が暮れて、お家に帰ったのかな。いいなーお家に帰れて。


 夕方の太陽で、まだあたりはほんのり明るい。けれど、もうすぐ真っ暗になる、絶対。おまわりさんでも誰でもいい、とにかく人を探そう。そして保護してもらおう。そうしたらきっと、あたしは助かる。うつむきがちな顔を、キッと前へ向けた。


 どっちへ歩いていくべきか、三六十度ぐるりとみまわしても、道らしきものはない。アスファルトなんてあるわけなく、草ばっかり。

 ハトが飛んでいった方角は山だから……よし、反対側のゆるやかなくだり坂になっている方。くるりと山に背を向ける。


 そうしたら、後ろの木立こだちの中からガサガサと音がした。人かもしれない。そう思って、ふり返り木立の方へ歩いていこうとしたら。


「そっちいくな。こっちこい!」


 今度はおじさんじゃない子どもの声が、木立とはちがう方向から聞こえてきた。やった、人がいた。

 あたしはあわててあたりをみたけど、やっぱり誰もいない。でも、ガサガサ音がした方には人かげらしいものが。

 空耳かもしれないんだから、人と会える方へいこう。よし、進路は山に決定。


「ばか! あれはサルだ。オレはここだよ気づけ」


 その声といっしょに、こつんと背中に何かがぶつかる。おどろいてふり返ると、足元で小さな石が転がっていた。誰だこんなの投げたの。

 すると、コケのはえた石垣の上に動くものが。あたし目がいいから、みまちがえたりしない。それでも、思わず目をこすりながら、石垣に近づいていった。最近ゲームのしすぎで、視力さがったかな。

 だって、ちっちゃい人が手を大きくふってたんだもん。


 三十センチ定規の、ちょうど半分ぐらいの身長。頭は野球部みたいに丸ぼうず。白いタンクトップ着て、半ズボンはいた男の子がそこに立っていた。顔を近づけてのぞきこむ。

 妖精? そのわりには、かっこがちょっと……。あたしと同じぐらいの年かな、それとも、年下? うーん、とにかく小さいからわからない。


 年齢不詳の妖精もどきは、目をひんむいてみるあたしの肩に、ぴょんと飛び乗った。

 勝手に乗らないでよ。そう抗議こうぎしようとしたら、耳元でさけばれた。


「にげるぞ。サルはオレたちのこと目のかたきにしてるんだ」


「オレたちって、いきなり小さい君と仲間なわけ?」


 納得できないあたしの耳は、ぐいっとひっぱられる。肩の小人は、まっすぐ前方を指さしていった。


「走れ!」


 運動会のピストルさながら、その声とともにあたしは走り出した。キーキー甲高かんだかい鳴き声に、追い立てられる。ひーこわいよー! 

 サルの姿を確認したいけど、ふり返るよゆうなんてない。


 木の根っこに足をとられ、転びそうになる。それでも、体勢をたてなおし走り続けた。これぐらいで、息はあがらない。だって小学一年生から野球やって、きたえてきたんだもん。


 ゆれる肩の上、耳にしがみつく男の子の道案内で、ようやくサルをまいた。そして、坂をくだりきると山の中からやっと脱出できた。

 とつぜんひらけた視界に、こい紫の空が飛びこんできた。その下の海も空とおんなじ、こい紫。さかい目がわからない。


「きれいだねー」


 あたしの顔に潮風がここちよくふきつけ、汗がひいていく。ほんのり潮のにおい。そして耳には波の音。すごくなつかしい。ここって、ひょっとしておじいちゃんの住んでる海辺じゃないだろうか。おじいちゃんの家の後ろも山だった。


 きっとそうだ。あのハトはちゃんとあたしを配達してくれたんだ。ちょっと位置がずれて、山に飛ばされただけだったんだ。

 そう思ったら、はりつめてた体からどんどん力がぬけていき、早くおじいちゃんに会いたくなった。


「ねえ、君。おじいちゃんの家まで案内してよ」


 まだ肩に乗っている小人へお願いした。おじいちゃんに教えてあげよう。山には妖精ようせいがいるよって。びっくりするだろうなーおじいちゃんにもみえるかな? 妖精ってだいたい子どもにしかみえないよね。


「何いってんだ。ここにじいさんなんかいないぞ。ていうか、オレみたいな子どもか、たまに大人もいるけど」


「えっ、君一人でここにいるの? お母さんとお父さんは?」


「いない」


 そう一言だけいって、その子はだまった。

 まずい、よけいなこと聞いちゃった。どうしよう、せっかく助けてくれたのにいやな思いさせた。

 こつんと自分の頭を小づいても、一度口にした言葉は消えたりしない。


「えっと、あたしはアス。中学一年生。ハトにここへつれてこられたの。もうすぐしたらむかえにきてくれるみたいだから、それまでいっしょにいてくれる?」


 そういったら、男の子はびっくりしてあたしの顔をみる。


「あたしって、おまえ女なのか?」


「なにそれ、超失礼なんだけど!」


 たしかに、あたしはボーイッシュな女の子。野球やって真っ黒な時はよく男の子にまちがえられたけど、中学になってそんなことなくなったのに。


「だって、かみ短いしズボンはいてるから男かと思った」


 さっきまで、この子に感じてた後ろめたさが一瞬でふっとんだ。


「あのねえ、今どきショートの女の子なんてあたりまえでしょう。むしろかっこいいぐらい。それに人が自己紹介したんだから、あんたも名前いいなさいよ」


 肩の上の男の子は、どなられたのにうれしそうな顔していった。


「オレの名前は、ゲン」


 変なの、よろこぶなんて。たぶんこの子年下だ。だって、笑顔がちょっとかわいいから。





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