第3話

プルルルルル、プルルルルル。

「でないなぁ…」

「やっぱダメだった?」

溜息をつく少年に向かいに座る少女が心配そうに聞いてくる。場所はとあるファミレス、時刻は正午。廻の友人である犬飼忠十いぬかいただと界仁木瞳かいにぎひとみはどうしたものかと悩んでいた。今日は夏休みの宿題を三人で教えあう約束だった。しかし、そのうちの一人である廻が約束の時間になっても来ない。最初は遅刻だろうとのんきにしていたが、一時間たっても来ない。しょうがないと、瞳が連絡するが、つながらない。忠十もかけてみたがやはりつながらなかった。試しに廻の家に連絡すると、朝早いうちに家を出たという。

「ダメ、つながんない。なんも言わずにドタキャンするような奴じゃないんだけど…」

「宿題やりたくなかったとか」

「いや、だから三人でやっちゃおう、って話だったじゃんか」

「そっか。なにかあったのかな」

「…昨日、なんか変じゃなかったか?」

「昨日?」

「肝試しの帰りだよ。廻さ、なんか変だった気が済んだよな…」

「んー、気づかなかったかなぁ」

「そっか…」

「なーにしてんのかなー?」

「なぁ…」


二人がファミレスで宿題を片付けている頃、廻は高級ホテルの最上級スイートルームのような一室でソファに座らされていた。


あの空地での戦いのあと、鷹木は、今日はもう遅いから家まで送るよ、と言い家までついてきた。そして帰る際、明日の朝また来るから、とだけ言ってどこかに行ってしまった。次の日の朝、本当に鷹木が家のチャイムを鳴らしてきた。鷹木についていくと黒いバンがあり、乗り込むとすぐに目隠しをされた。そのまま車で揺られること数時間、やっと目隠しをとってもらうと、目の前に巨大な、まさに王様が住んでいそうな城が建っていた。日本とは思えない景観に、廻の空いた口が塞がらず、気づいた時にはこの部屋に通されていた。

「(これ、どうすればいいんだ…?なにもできないぞ…)」

部屋の内装はきれいに整えられており、飾られている絵や壺は素人目に見ても高いものだと分かる。慣れない環境と極度の緊張で、座らされている、のではなく、座っているしかない、という方が正しかった。

廻がソファの上で固まっていると、ドアがノックされた。扉を開けて入ってきたのはスーツをきたショートカットの女性だった。

「お待たせ」

「あ、いえ…」

「じゃ、ついてきて」

「え、ちょっと!」

女性はさっさと歩いていってしまう。廻は慌てて後を追いかけた。

「あの、ここどこなんですか?」

「俺はどうなるんですか?」

「俺を連れてきた鷹木さんはどこ行ったんですか?」

女性は何も答えてくれず、廻はついていくしかない。

「着いたよ」

「え?」

女性に案内されたのは映画館のような部屋だった。段違いに席が配置されており、前には大きなスクリーンがある。

「こっちきて」

女性は真ん中あたりの席に座った。何を聞いても無視されっぱなしなので諦めて廻も女性の右隣に座る。

「君、名前なんだっけ」

「…冠城ですけど」

「じゃ、冠城君。見ればわかるから」

「はい?」

「始まるよ」

映像が始まった。


チャララー

【伝説、魔法、超能力、都市伝説!この世には不思議なことが数多く存在する!人知を超えた奇跡が今日もまた、この地球上に生まれている!そして、科学では解明されないそれらを悪用しようとする人間がいる!我々SPOの使命は悪を許さず!人々の命と平和を守ることである!立ち上がれ!少年少女!戦え!自由のために!正義の心で世界を救うのだ!】

チャーラー


「は?」

「と、いうわけなんだ」

「うわっ!」

あまりにチープで薄っぺらい映像に一瞬思考停止していた廻は、突然の右隣からの声にびくっとした。いつからいたのか、知らぬ間に眼鏡をかけた初老の男が座っている。男はニッコリ笑いながら廻に話しかけてきた。

「今のやつ僕が作ったんだけど、どうだったかな?」

「え?」

「冠城君。それ、うちのボス」

「は?」

「あ、自己紹介が遅れたね。僕は神室かむろ 雄吾ゆうご。このSPOで長官をやってます。一番偉い人だよ」

「…は?」

何も分からなかった。


また場所を移して、今度は応接室のような部屋。テーブルを挟んで、廻と神室が向かい合っている。女性は神室の後ろで待機している。

「で、何が分からなかったのかな?」

「ほとんど何も」

「嘘でしょ!?」

神室が心底驚いたという顔をしているが、廻はこっちがしたいくらいだ、と心の中で毒づいた。あんな映像で何がわかるというのか。あれ政府のお偉方にも見せたやつなんだけどな…、とつぶやいているのが聞こえたが怖いので聞かなかったことにする。危ないことに首を突っ込むべきではないことは、すでに学んだ。

「君、冠城君だっけ。鷹木君から何も聞いてないの?」

「…何も聞いてないです」

「鷹木君…」

神室が頭を抱えた。どうやら鷹木は問題児らしい。あの有無の言わせなさを鑑みるに十分理解できた。

「じゃあ、最初から説明しようか」

神室がオホン、と仕切りなおす。

「我々はSPO。能力者を管理する組織だ」

「管理?」

「そう。この世には不思議なことがたくさんある。魔法や超能力、世間的には都市伝説なんてよばれる眉唾なものまで実際に存在している。理屈や傾向は分からないけど、特別な力を持った人間が日々生まれているんだ。君もそうだろ?」

神室の言葉に廻はうなずく。

「そういうのは大抵、人の領分を超えた力なんだ。そうなれば当然悪いことに利用しようとするやつらも出てくる。もしそうなったら、能力を持たない人間は抵抗しようがない。やられっぱなしさ。だから我々がいるんだ。目には目を、歯には歯を、能力者には能力者を。世界中の能力者を把握して、一般人に害をなす能力者に罰を与える。か弱い人々を守るためにね。そのための組織が我々、SPOなんだ」

ちなみにSPOはSuper People Orgnization(特別な人々の組織)の略だよ、神室はそこまで言うとコーヒーに口を付けた。廻は昨夜のことを思い出す。自分の能力を権利だと言い、人を殺していた男のことを。そしてその男を殺した、鷹木のことを。

「で、だ。今日冠城君にうちのアジトに来てもらったのはね、君にもSPOにはいって我々の手伝いをしてもらおうと思ってるんだ」

神室の言葉に一瞬固まる。

「無理ですよ!」

「どうしてさ?」

「俺に戦う力なんてありません!」

昨夜のことを再び思い出す。もし能力を使う悪人が全員筒井レベルなら、命がいくらあっても足りない。あの場に鷹木がいなかったら廻は今頃生きてはいなかった。しかし神室は笑いながら答えた。

「戦う力なんていらないよ」

「え?」

「悪人の相手は鷹木君みたいに戦闘向きの能力を持ってる人の仕事。そうじゃないならわざわざ前線に出したりしないよ。君に頼むとしたら、能力者と思われる人物の調査とかかな」

「そう、なんですか…」

「うん。安心した?」

「はい、あ、いや、でも、俺学生なんですけど…」

「あ、それも大丈夫。あくまで個人の生活は守るよ。そもそも管理って言っても能力使って悪さしたヤツを懲らしめるだけで、そこまで厳しいものじゃないし。首輪つけて縛るなんてつもりは毛頭ないから、手伝える時に手伝ってくれればいいよ」

どう?、と神室は聞いてくる。廻は悩んでいる。確かに危険はなさそうに思える。が、しかし、これ以上踏み込まずに、なかったことにしてしまいたいという気持ちは無視できなかった。ちなみに、と神室は続ける。

「うち秘密結社だから。知られたからにはタダでは帰せないんだよね」

「それってどういう…」

「断られるとすごく困るなって意味」

それは実質的な脅しじゃないのか?廻の頭に疑問符がうかぶ。勝手に連れてきて、勝手に説明して、知られたからにはタダでは帰せない。そんな理不尽極まるセリフを吐いておいて、その当人はニコニコとしている。クソ。

「…分かりました。お世話になります」

悔しいが、廻にこの状況を打開する術は思いつかなかった。

「うん、よろしくね。バイトだと思って気楽にやってくれればいいから」

お給金も弾むからね、と神室は嬉しそうである。廻は泣きそうだった。なおさらあの時、あの空地に行かなければと後悔するが、後に悔いる、と書くから後悔なのである。こうして廻はよくわからない秘密結社でアルバイトすることが決まったのだった。

「じゃあ後のことは椿君、よろしくね」

「はい」

後ろで控えていた女性が答える。神室はさっさと部屋を出て行ってしまった。

「あたしは椿つばき 京香きょうか。よろしくね冠城君」

「冠城廻です…よろしくお願いします…」

「…元気だしてね」

「…はい」

無表情な椿が見せるやさしさが辛かった。


神室が部屋を出て行ったあと、廻は椿と一緒に書類をの欄を埋めていた。さっきまで神室が座っていた場所に椿が座り、二人は今向かい合っている。氏名、連絡先、通っている学校等、特に問題もなく記述していったが、一枚だけ書きなれない欄があった。

「『能力名と概要』…?」

「そこは自分の能力について書く欄だよ」

「あ、それは分かるんですけど、名前って…自分でつけるんですか?」

廻は高校生である。いくら他人にはない能力とはいえ、やたらめったらカクカクした漢字の妙に意味深い名前を付けるのは少し恥ずかしくなった年頃だ。それに物心ついた時から当たり前にできたことに今更名前をつけるのは不思議な感覚だった。

「思いつかなかったら適当で大丈夫」

「適当でいいんだ…」

能力者の組織じゃなかったっけ?重要なことじゃないのか?廻は疑問に思ったが、いい案が思い浮かばなかったので椿の言葉に従って、『霊視』とだけ書いた。自分の欄を埋めたところでふと気になったことを聞いてみた。

「椿さんの能力ってどんな感じなんですか?」

「あたしの?」

「少し気になって」

「あたしのは…」

目の前から椿が消えた。

「えっ」

「こんな感じ」

「ひぃえあ!」

消えたと思ったら耳元でささやかれた。振り向くといつのまにか椿が後ろにいる。息を吹きかけられた耳が未だにこそばゆい。

「しゅ、瞬間移動ですか」

「うん、そんなとこ」

椿がフフッと笑った。

「ヘンな声」

「くっ」

からかわれて思わず赤面する。決して年上の美人の顔が近かったからではない。決して。


廻が書類を書き終えると、椿さんが車で送ってくれると言う。お言葉に甘え、車に乗り込む。帰りは目隠しはされなかった。

「そう言えば鷹木さんはどうしたんですか」

運転中の椿に聞いてみる。廻は鷹木に少なからず恨みがある。今日も何も聞かされずにアジトまで連れていかれ、放置された。そもそも昨夜の恐怖体験の半分は鷹木のせいだ。

「冠城君を連れてきたあと、すぐに他の仕事に行っちゃったよ」

「そうですか…」

いつもあんな仕事をしているんだろうか。あんな風に体を傷つけて、血を流しながら。廻は怖くなる。どんな神経をしていたらそんなことができるんだろう。

「俺、あの人苦手です…」

「得意な人は少ないよ」

椿の言葉にそうだよなと、と納得し、でも得意な人もいるのか、と世界の広さに驚いた。家まであとどのくらいだろうか。車窓の外はもう日が暮れ始めていた。


結局、椿には家から最寄りの駅まで送ってもらった。丁寧にお礼を言って車を見送る。辺りは既に真っ暗だった。ポケットのスマホを見る。

「うわっ、すげぇ着信…。忠十と界仁木さんか、そういや二人に連絡入れてなかったな…」

明日は朝一で二人に謝ろう。でも今は無理。いろいろありすぎた。今日は早く帰って寝たい。廻は家へ向かって、ゆっくり歩きだした。














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秘密結社のお仕事、のバイト メタロ @metaroo

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