長旅と出会い

自分の車両に着くと、自分のコンパートメントのすぐ手前で、通路側の窓を眺めている人がいた。窓の先は海とはうってかわって山嶺が連なっている。


手前のコンパートメントの女性-先ほどまじまじと見つめてしまった女性は、アイシャが近づいてきたことに気づき、アイシャをみつめてにっこりと会釈をする。


アイシャも顔を下げると、女の人が口を開く。

「移動長いとお腹、すいちゃいますよね!」

女の人はずいぶんと無邪気にアイシャの持つ紙袋に目をやり、アイシャの反応を待っている。

「ええ、寝てたらお腹すいちゃって」

突然話しかけられたことには驚いたが、悪い人ではなさそうだ。アイシャもまた返事を返す。


「あぁ。ごめんなさい。いや、ね。お姉さんずいぶん珍しい格好してるなと思って、話しかけたくなったんです」

そういって、女の人はアイシャの頭を、正確には髪を見る。アイシャのことをお姉さんと呼ぶが、年は同じか1つしたぐらいだろうか。もっともアイシャは顔立ちから歳上に見られがちだ。年下に見られがちなヴェラとは、とても同い年に見えない。


「ん…あぁ、一族みんな赤なんですよこれ」

アイシャは言葉の意味に気づくと、自分の髪について説明する。この世界で、赤い髪は珍しい。


「へー!素敵ですね!燃え上がれーって感じでオシャレです」

女の人は目をきらきらさせてアイシャの髪を見つめる。


「あはは…まぁ目立っちゃうから、そんないいもんでもないですよ」

小さい頃は髪の色でいじめられたこともないではなかった。もっともヴェラはそういうことを言わず…彼女の場合は髪の色なんか興味はないのもあるが…さほど髪の色について言われたことがなかった。

ヴェラ自身も銀髪という比較的珍しい色だからかもしれない。両親の顔を知らないヴェラにとっては、銀髪は数少ない両親にたどり着くチャンスだから彼女は特徴的な銀髪を大事にしていた。


「いやー、私も赤とか珍しい色にしたいです!似合うと思いますか?」

そういって女性はアイシャに問いかける。もっとも髪の色を染めるのはなかなか難しく、染めたいからと言って実現できるものでもないのだが。


「似合うと思いますよ。きっと」

お互いそれを承知の上で、でもこの人は似合うかもしれない、とアイシャは思った。


「ところで、お姉さんはどこに向かってるんですか?」

女の人はアイシャに行き先を尋ねる。


「ルクス村ですよ」


「え!本当ですか!私もルクス村に行くんです。妹が今住んでるので、会いに行くんです!お姉さんも誰かに会いに行くんですか?」

女の人はアイシャの返答に、びっくり、という様子で、自分の目的地もルクス村であることを明かす。


「そうなんですね。私の場合は実家に帰省です」

(用があるのは家族ではなく家自体なんだけどね…)


「ルクス村って、なんか観光とかできるんですか?見といた方が良いものとかあります??」

実は行ったことなくて、と、女の人はこぼす。


「うーん…そうですね。研究期間が多いのであんまり見るものは無い気がしますが、あえて言うなら魚が美味しいです。」

ルクス村は港に近く、郷土料理にもなっている。


「そっかぁ…でも私お魚さん好きなので嬉しいです!」

ころころと表情が目まぐるしく変わる彼女の愛らしさにアイシャは少なからず好感を持つ。


「どこのお店に行っても美味しいですが、特に魚のスープがおすすめです。村の外だとルクス風スープとか言われたりもします」

本当はルクス風スープより、港のあるリシャーナの名前をとってリシャーナ風スープ呼ばれることが多いのは内緒だ。


「ぜひ、食べてみます!ってか、呼び止めちゃってごめんなさい!お腹すいてますよね!」


「あぁ。いえ。気にしないでください」


「そうだ、お姉さん最後にお名前教えてください!」


「ええ。私はアイシャ。アイシャ=ルクスフォードといいます」


「え、ええ!?ルクスフォードってことはルクス村の地主さん!?気づきませんでした!」

またアイシャの返答に目を丸くし、女の人はあわあわとする。


「いえいえ。地主なのは父ですからね。私はしがない学生です」

アイシャは軽く訂正する


「そうなんですね…。あ、私はミライ。ミライ=エルミエルです。」

女の人-ミライはそういって名を名乗る。


「ミライさんですね。何も無いですが、ルクス村はいい所なので、ぜひ楽しんでくださいね」

アイシャはにっこりする。


「はい!あと…もし街でアイシャさんを見つけたら話しかけていいですか?」

どうやらミライに気に入られたようだ。


「ええ、良いですよ。いつまで村にいるかはわかりませんが…」


そういうアイシャに、ミライはありがとうございますと頭を下げて、自分のコンパートメントに帰っていく。


アイシャもまた、ヴェラのいるコンパートメントの扉を開けて中に入るのだった。

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