類縁術式をかける意味 (2)
「工房を継承するか決めかねていた可能性…?」
「そう。アマデルが類縁術式を工房にかけていたとしたら、アマデルは工房を継承するか迷っていた可能性がある」
「えーっと、それって変じゃない?研究が失われる可能性があるじゃない。何で迷うのよ」
アイシャは要領を得ず、首をかしげる。
「本来はそう。でも、研究を継承することに迷う理由があるとすれば?」
「研究が失われても、いいと思っていた?でもどうして?」
ヴェラはアイシャに顔を近づけ、小声で告げる。
「アマデルは、とても大きな発見をしたけれど、同時に、それは迂闊に継承するには危険なほど重要なものだった、って推理はどうかな」
アイシャは言わんとしてることにたどり着く。
「それって、つまり……本当に拡張術式があるかもしれない、ってこと…?」
「そう。拡張術式には世界を変えるインパクトがある。だから、継承された家族に火の粉が降りかかるのを恐れた、とか」
アイシャはヴェラの言いたいことを理解したが、同時に疑問を感じる。
「でも、それは言い過ぎじゃない?だって、そもそもアマデルが公表しちゃえばいいじゃない」
ヴェラは首を振って否定する。
「アイシャ。それは現代人の発想なんだよ。200年前にはそんな便利な手段は存在せず、下手をすると誰かに奪われる可能性がある。仮に拡張術式が完成したとして、それを発表できるほど社会が成熟していなかったんだ」
価値を持った研究は、同時に狙われる研究でもある。
アマデルの時代には研究狙いは少なくなく、実際にアマデルが襲撃されたこともあるそうだ。
現代では、魔法や術式を公表すれば、それは直ちに多くの人がアクセスできるものとなる。重大な発見であったとしても、公表や継承するリスクはほぼない。
しかし、200年前ともなれば、その実態は違った。
一度に多くの人に伝えることができない以上、何からの方法で研究を奪われしまうことで、それが誰か一人の権力者のものとなる可能性がある。
そのため、どのように公表するかは、研究者の悩みの種でもあった。
価値ある研究を行なっていた場合、魔術師本人ならまだしも、継承が判明した段階で、家族は研究を狙われ、時にはそれが原因で暗殺されることもある。
アマデルが研究していた7大問題の一つである拡張術式は、その汎用性の高さ、そして、
日常生活をはじめとした様々な場面で役に立つことは間違いないが、いうまでもなく、軍事利用が検討されている。
実用化されれば、世界のパワーバランスが変わりかねないその力は、仮に実在したとしたら誰か一人の手に渡ることを避ける必要がある。
「ようやくわかったわ。今までもしかしたら拡張術式があるかも、とは考えていたけれど、その可能性は少なくないってことだね」
アイシャは、納得したようだった、そしてすぐに考え込む。
「…ねぇ、ヴェラ」
「うん?」
アイシャの声は暗く、先ほどよりさらに真剣な様子となる。
「仮に、ヴェラの推理が正しいとする。私が調べて、この球に類縁術式がかかっていたとしたら、それはつまり拡張術式の存在が示唆されることになる。そして、拡張術式は世界の常識を変えかねない強力な術式。その時、私達はこの球を解き明かしていいと思う…?」
今やアイシャのカバンの中にある小さな球は、思いの外、重大なものかもしれない。
その可能性にアイシャは気が重くなる。
少し考えて、ヴェラは返事をする。
「そうだとして、私は鍵を開けてみたいよ。アマデルの工房に入ってみたい。その先のことは、トレビスさんにまかせれば、良いんじゃないかな」
うん…と返すアイシャは暗い顔をしている。責任の重さを感じているのだろう。
「じゃぁ、こうしない?アイシャ。
類縁術式があるか確かめるのは、少し先延ばしにしよう。まだ他にもわかってない魔法があるわけだし、アイシャはアイシャなりに確かめてみればいいよ」
そうする、と力なくアイシャは返し、少し笑った。
「じゃぁ、私はもう帰るね。とりあえず類縁術式はやらないから、それはまた二人でやろう。私だけじゃ責任が重すぎる…」
アイシャはため息をついてヴェラに告げる。
「そうだね。夜も遅いから、気をつけて」
「うん、おやすみヴェラ」
「おやすみアイシャ」
アイシャは帰路につき、ヴェラは寝る支度を進めた。
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