類縁術式をかける意味 (1)
類縁術式の可能性にたどり着いたヴェラは、少し沈黙する。
「どうしたの、ヴェラ?」
その後に、口を開らかないヴェラに、疑問に思ったアイシャだった。
「アイシャはさ、もし、この球に類縁術式がかかっていたら、それはどういうことだと思う?」
「え?魔術師が工房や手がかりに鍵をかけるのに理由がいるの?」
アイシャにはヴェラの疑問がよくわかっていなかった。
「史実科では、魔術師が『なぜその術式を選んだか』という話になることがあるんだ。アイシャは、何で魔術師が個人の手がかりに類縁術式をかけることが少ないか考えたことがある?」
「うん…?確かに、そう言われると類縁術式が個人の工房や手がかりにかかってることは少ないね。一族で運営するような大きな工房か、複数人で運営するものにしか類縁術式がかかってることはないかも」
「そう。元来、研究者には『自分が存命のうちに研究成果を盗まれたくはないが、自分の死後には誰かに引き継いで欲しい』という気持ちがある。これは私もそう思う」
アイシャの反応を見て、ヴェラは話を続ける。
「そうだね。私もわかるわ」
「だから、おおよそ個人の工房は、何らかの形で継承が可能になっていることが多い。どんなに奇特な研究者であっても、誰にも解けない工房は、作りたがらない。
凡百の魔術師であれば、いつか自分の痕跡を辿ってきたものが解錠できるように、高度な鍵とそれを解くヒントを残すのが習わしになっている」
「うん」
「通常の鍵に使われる術式はさ、誰に対しても魔法が起動する性質を持っているんだ。その為、外部から魔法で干渉することによって、その解析を行うことができる。
例えるなら箱の鍵穴を調べ、それに合う鍵の形を割り出すようなものだよ。」
「簡単そうに言うけれど、本来はとっても難しいことなのよ…でも、まぁ、そうとも言えるね」
「一方、類縁術式は、血族や仲間などでのみ解錠できるようにする術式で、血族や仲間を示す符号がなければ解錠できない技術体系の総称とされている。
類縁術式を応用すると、符号を示さなければ外部から解析もできない鍵が出来上がる。つまり、そもそも解くべき鍵穴がみつからない箱になるんだよ。
類縁術式が機密性の高い術式とされる所以は、符号を持たなければ鍵自体が認識できない点にある。ここまではいい?」
「それは私も知っている。でもそれが、どうして個人の工房にかけない理由につながるの?」
「つまり、それ故に、符号が失われてしまうと、時に情報そのものが永遠に失われる可能性があるんだよ。継承したいはずの工房が継承できなくなる」
「あー…、誰にも開けなくなっちゃうんだ」
だから、類縁術式は最低でも一族規模で運営される工房などに使わる。
多くの魔術の大家では、類縁術式で代々親から子へと工房を受け継ぐことで、数世紀に渡る研究を継承していったのだ。
「そこで、最初の疑問に戻るよアイシャ。
知っての通り、アイシャには、ルクスフォード家には、当然アマデルの符号のやり方が伝わっていない。つまりこれは一族の工房ではない。
その上で、もし仮に、アマデルの工房に類縁術式がかかっていたら、それはどういうことだと思う?」
つまり、ヴェラが疑問にしていたのは、本来継承したいはずの工房を継承しない意味、についてだ。
「うーん…そうね。じゃぁ、ルクスフォード家以外に符号が伝わっている可能性とか?」
アイシャはヴェラの質問に答える。
「いい線だね。私たち史実科の間では、個人の工房に類縁術式がかかってる可能性は二つとされていて、それはよく言われる可能性の一つ。ただ、今回はこの可能性は基本的にはないかな」
「えっと、それはどうして?」
ヴェラの判断に、アイシャは若干ついていけない。
「アマデルともあろうものの工房が200年の間解錠されなかったことを考えると、工房の秘密を知るものは存在しないと考えられる」
「それもそうね…。どう考えても宝の山だもの。だとすると、もう一つの可能性ってこと?何なの?」
「工房を継承するか決めかねていた可能性が考えられる」
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