無自覚

外部からソーシャル・ハックねぇ…ヴェラは時々いうけれど、私あんまりわからないんだよね…」

ヴェラを信じていないわけではないけれど、アイシャにはその経験がなく実感がわかなかった。ただの面倒な調査という印象を持っている。


「アイシャは属性科だから、そもそもあまり解錠とかしないじゃない?」

「まぁ…確かにそうだけれど…、でも実地でしょ?王都の外をでるのは面倒じゃない…」

アイシャはどちらかといえば引きこもりたいタイプだ。ましてやヴェラの同伴など何か大変なことが起こるに決まっている。できるだけ避けたい思いがあった。

「でもそうはいっても手詰まりなの。それに調査に行くったってルクスフォード家だよ。アイシャの実家でしょ。」

うっ、とアイシャはなる。そこを指摘されると弱い。

正直、久々に実家に帰りたい気持ちもある。ただの帰省なら、だが。


アイシャはそこでひらめく。

「わかった。じゃぁ、その前に私に貸してくれない?私にも試してみたいことがあるの。それでだめだったら…実家に行くことも考えるから」

それもそうだね、といってヴェラはアイシャに箱ごと球を渡す。

ありがとう、とアイシャが受け取り、箱から球を出す。

二人は球を観察しながら、しばらく考えられる可能性について話し合った。



「あぁ、そうだ。箱をもって」

こう?とアイシャが箱を手のひらの上に乗せる。

ヴェラはアイシャから目を離し、隣の机の上に目線を映し、眼鏡のつるを二回叩く。アイシャはその行為がなにかわからなかった。



「精霊誓約術式、起動。我、光の精霊に拝謁せんと欲す」

ヴェラが言葉にすると、にわかに机に魔方陣が現れ、光出す。

『汝の呼びかけ、我、エリシアが応えよう』

魔方陣は輝きを増し、小さな鳥の姿を取る。そして見た目に似つかぬ重い声が響く。

『汝、何を欲す也?』

煌めく鳥からの問いかけを聞き、アイシャはめんくらう。

これは精霊術式だ。


「エリシア様、彼女が持つ箱を、私と彼女にしか開けないようにしてください。そして、箱の位置を精霊光によって捕捉してほしいのです」

『承った』

鳥はふわりと羽ばたき、アイシャの箱の上に止まる。

「わっ」

アイシャが驚いていると、箱が輝きを増す。

『箱にはすでに契約術式を施した』


箱の上の鳥はヴェラに向き直り、嘴を開く。

『他に何か望みはあるか?』

ヴェラが、他にはないことを告げお礼を言うと、鳥は魔方陣の上に戻り、来た時と同じように消えていった。あとには数枚の羽根が落ちていた。


「精霊様、ありがとうございます。精霊誓約術式、終了」

最初と同じように眼鏡のつるを二回叩くと、ヴェラはアイシャに向き直る。



「ヴ、ヴェラ?今のは何?」

アイシャは怪訝な顔をして問う。目の前で起きたことは衝撃だった。

「え、あれ?さっきのは精霊誓約術式だよ。ほら、人力でやると突破される可能性があるからね。精霊術式をかませると、かけた精霊にしか契約術式を破棄できなくなるから!」

ヴェラは不穏な空気を察し応える。アイシャのこれは説教の前触れだ。

「そっちじゃなくて!眼鏡を叩いた方」

アイシャが気になったのは精霊術式ではなく、を二回叩くと術式が起動したことだった。本来精霊術式ともなると、手ずからに魔方陣を書く必要がある。ヴェラの術式はそれをすっ飛ばしたのだ。


「あれは眼鏡のつるを2回叩くとあらかじめ登録した術式を自動で構築するようにしているの。アイシャにも教えよっか?登録は面倒だけれどなれると便利だよ」

「ま、まって。今術式の自動構築っていった?それってつまり、その眼鏡に精霊を縛り付けているということ?」

術を構築するためには精神が必要であり、人間や精霊が書く以外に術式が作れない、というのが常識だった。つまり、ヴェラが術式を構築したのでなければ、誰かがそれを肩代わりしたことになる。問題は、そんなやり方を聞いたことがないところにある。


「うーん。厳密には違うかな。この眼鏡用に人工精霊を作ったという方が正しいかも」ヴェラはこともなげにそうこたえる。アイシャは再び絶句した。

「人工精霊ってどういうこと!?そんなの聞いたことない!」

ヴェラはようやくアイシャの疑問を理解した。


「あぁそうか、アイシャは属性科だもんね。知らなくても無理はないんじゃないかな。さっきのは今から2000年ぐらい前の手法なの。現代だと失伝している部分も多いし、最初の登録が面倒で使われていないんだよ」

「そ、そうなの?嘘ついてない?」アイシャは問い詰める。

「ついてない、ついてない」

「爆発したりしない?」

「最初の方はそういうこともあったけど、今はないよ」

「前はあったの!?なんで私に言わないの!?」

「いやぁ、いったら止められるかなぁって…」

「……まったく…」アイシャは毒づく。またか…と頭を押さえている。


「と、とりあえずさ、アイシャ。今日はもう遅いから帰りなよ」

「それもそうね……」

アイシャは荷物をかたずけコップをキッチンに運ぶ。

目の前で見せられた2000年前の手法によって、アイシャはどっと疲れた気分だった。


じゃぁ、と帰ろうとしたアイシャをヴェラが呼び止める。

「一つ、聞きたいことが」

「うん?」

「アイシャは、その球をどうやって調べるつもり?」

ヴェラはその球をどうやってアイシャが調べるつもりか気になっていた。


「そうねぇ。まずは闇の何かわからないやつ、について詳しそうな人に聞こうかな。私これでも属性科だし。あとは、私にしかできないことがあるじゃない?」

その言葉にヴェラは首をかしげる。

「えーっと、なんだっけ。」

「私、これでもアマデルのひ孫なのよ」

あぁ、と合点がいく。



「類縁術式ね」




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【精霊魔法】

精霊によって術式を代行させる。

精霊によって術式を行うため、人が術式を選択して行うより強力かつ融通が利く。本来精霊魔法を行うためには魔方陣を紙などに書く必要がある。


【誓約術式】

光属性契約術式の亜種。二者間の契約ではなく、精霊に対して誓約する。

契約は強者が破棄することが可能だが、精霊に対しての誓約は、介在した精霊にしか解錠できないため安全性が高い。

一方で、他の人には解錠できなくなる可能性もあり、介在した精霊を把握するものが、鍵を解除する前に死亡すると永遠に解けなくなる恐れがある。


【精霊光】

精霊界から観測できる光。全てのものはこの光を発しており、精霊はこの光をたどることができる。そのため、紛失の際などにすぐに発見することが出来る。


類縁るいえん術式】

血族や仲間などでのみ解錠できるようにするための術式。

契約術式と違い、仲間の追加の度に契約を更新する必要がない、条件に符合するものであれば不特定多数で開錠が可能といったメリットがある。

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