手がかり

 応接室に入ると、黒いコートを着た中年の男性が席をたち、お辞儀する。

「初めまして、ザハルナッシュ様、お久しぶりです、アイシャさん。私は王立魔導研究所のどうぞ、お座りください」

 そういって席を促す。どうやらアイシャとは知り合いのようだ。

「王魔研の方とは、トレビスさんのことだったんですね。お久しぶりです」

 トレビスは研究員とは思えないぐらい健康的な体をしており、おそらく室内勤めではないのだろう。実地調査員だろうか。

 3人ともが席に着く。トレビスの座るソファの後ろには、憲兵が1人立っている。



 アイシャとトレビスが久しぶりの再開に花を咲かせ、ヴェラは聞き手に回っていた。

「トレビスさんがいうには、何度かヴェラのことを見たことあるって」

 トレビスは昔からアマデルの工房の捜索に関わっていたらしく、幾度となくアイシャの屋敷で私を見かけたそうだ、しかし全然記憶にない。

 そのことを伝えると、トレビスさんは10年は昔だからなぁとこぼした。もうこの捜索も30年はやっていることになる、とも。


 あぁ、それで、と口を開きかけたところで、ノックされ、扉が開く。

 いくつかのお菓子とティーポットが運ばれて2つのソファの間に置かれる。2人が応接室に入ったことで、職員がお茶を用意してくれたのだろう。



「さて、お茶もきたところだし、本日の依頼の話に移らせていただこうと思う。良いかな?」とトレビス。

「ええ」「お願いします」と、二人も呼応する。

「と、その前に。今回の依頼については、依頼を受ける受けないに関わらず他言無用をお願いする。憲兵を2人連れてきていることも、その機密性の高さ故であることを了承してほしい」

 わかりました、とアイシャは口にする。ヴェラの言った通りだ。

「それでは依頼について話す」

 二人は、頷きを返す。


「この度の調査でアマデル卿の工房の手がかりが見つかった。どうやら、その手掛かりは工房のありかか鍵だと思うのだが、調査班としてもいまいち行き詰っている。君たちにはその手がかりを解析してほしい。あわよくば工房を見つけ、工房に入り、そしてその中にあるであろう汎用非実在空間拡張術を持ち帰ってほしい」

 ヴェラとアイシャは、重大さに息を飲む。


「手がかり…といいますが、何が見つかったのでしょうか?」ヴェラは尋ねる。

「あぁ、そうだね。ちょっとまって」

 そういって、トレビスは鞄から何かを取り出し机の真ん中に置く。しかし何かを置いたように見えない。ヴェラが眼鏡にかけている観測用の魔法が反応し、魔力的な流れからおおよその位置を割り出す。恐らくは光を屈折と回帰させることで透明にした小さな箱だろう。

 ヴェラは机に置かれた箱に手を伸ばした時に、常時自分にかけている観測用の魔法が干渉されるのを感じた。しかしそのまま箱を手に取る。箱の輪郭はさわってなおわからない。つかめているのかつかめていないのか、不思議な感覚だ。

「ほう、その箱を取ることができますか」トレビスは少し驚いたようだった。

「座標の隠蔽と、接触誤認、あたりですか?それからこの箱にはあと二つ鍵がかかっていますね」ヴェラは優れた考術士としての才覚もあるため、箱にかけられた保護呪文を分析していた。


「普通の人は正しく箱を認識することもできないんですが、これは驚きました。箱には私が鍵をかけているから、今開けます」そういってトレビスが呪文を唱えると、箱を中心に4段重ねに魔法陣が展開され、機構が解除される。

 光魔法光学操作による座標の隠蔽、医療魔法神経麻酔による接触誤認、闇魔法精神隷属よるに主従認証、最後の一つはヴェラの知らない魔法だった。

 ヴェラの手の中に、茶色い木の箱が現れる。ヴェラの指先は感覚を取り戻した。

「これで開くはずだよ」とトレビス。

 ヴェラは箱を開ける。そこには親指と人差し指で作った輪より小さい、茶色い複雑な模様をしたガラスのような球が入っていた。

「触っても問題ないですか?」ヴェラは球を取ろうとする。

「あぁ、どうぞ」トレビスは返す。ヴェラは球を取り、しげしげと見つめる。



「ヴェラ、私にも見せて。見覚えがある気がする」アイシャはその色を知っていた。

「アイシャさんの家の玄関にドラゴンのオブジェがありますよね」

 疑問に思うアイシャに気づいたトレビスは、補足する。

「ええ、あります。そう言われてみればわかりました。ドラゴンの目ですね?」アイシャは気づいた、という顔だ。

「そうです。最新の技術で測定したのですが、どうやらアマデル卿が失踪したその日にアマデル卿の魔法をかけられた痕跡があるようです。これまでは、200年も前の痕跡を辿ることができなかったのですが、流石最新の技術とでもいいますか。そして、この球にはいくつかの耐朽魔法と障壁魔法がかけられていることから、きっと重要なものだと判断しています」トレビスは詳細を話す。

「200年前の痕跡を見つけたことに、素直に驚きました。王魔研ではそんなに昔の痕跡まで辿れるんですね。うちの研究室にも導入できないですかね」ヴェラはその球に魔法がかけられていたことより、200年前の痕跡を見つけたその技術に驚く。

「第三魔法大学といえどうちからすると外部ですから厳しいでしょうね。ただ、その貸与によって大きな利益が見込める場合においては検討してもらえるかもしれません」トレビスはそう返す。




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【工房】

 魔術師が研究をする場所で、一流の魔術師は利便性と機密性の関係から自らの工房を持つ。屋敷や城、地下室、自然の地形を生かすなどの工夫がされており、住居空間と一体化していることも多い。工房は魔術師の要でもあり、大抵の工房は厳重に隠匿されている。

 時に、強大な魔術師の工房と秘匿された知識は莫大な遺産ともなり、相続争いの種ともなる。



【箱のセキュリティ】

機密性の高いものを扱うときは、何らかの方法で鍵をかけられることが多い。

今回は光魔法光学操作によって視覚座標取得、医療魔法神経麻酔による接触誤認をもって触覚座標取得を妨害している。また、闇魔法精神隷属の主従認証を併用することで、術者に対してはこの妨害機構が発動しない機構となっている。



【座標】

この世界では何かに魔法かけるためには対象の”座標”を認識する必要がある。座標が認識できない対象にはアクセスでないため、座標を隠蔽することで、魔法をかけられない状態をつくりだすことができる。(魔法の干渉を受けないわけではなく、あくまで対象にならないだけである。そのため、周囲で魔法を使えば影響する。)

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