汎用非実在空間拡張術式の立証と応用について
始まりの依頼
「それで、なんで、あなたの調査を手伝わなきゃいけないわけ?私、嫌な予感しかしないからあなたの研究に関わりたくないんだけど!」
20代前半ぐらいの銀髪の女性が歩く横を、同じぐらいの年齢の赤い髪の女性が声高に問いかける。
「そういわないでよアイシャ、これは君にとっても悪い話じゃないの」
銀髪の女性は悪いと思った様子もなさそうにそう答え、そのまま歩き続ける。
目指す先は、王立図書館だ。
「あのねぇ、ヴェラ」
「あなたはいつもそうやっていうけれど、毎回騒動を引き起こしている自覚あるの!?こないだだって、無形術科のダグラス教授のところに殴り込みに行って、おまけに、彼の学生の研究を全部台無しにしたでしょ!教授はカンカンだし、私なんか学科長に『アイシャ、お前の監督が足りない』って怒られたんだからね!?なんであなたのせいで私が怒られなきゃいけないのよ!」
アイシャは顔をあげてヴェラを問い詰める。
「ダグラス教授のことなら私のせいじゃないとおもんだよね。あれは、ダグラス教授のアプローチが古すぎるよ」そう笑いながらヴェラが返す。
「だとしても、それをあんな風に伝えることないじゃない!あれは彼らの卒業試験だったのよ!あなたなら半年は前にそれを知っていたでしょ。なんで公聴会の時に伝えるのよ。おかげで彼らの大半はもう一年いなきゃいけなくなったんだからね」
「いやぁ、てっきり気づいてると思ってたんだよ。そんな初歩的なことにはね。だって当たり前すぎることだったし」
昔からこの女はそうなのだ。このヴェラって女は、人の苦労がわからない天才なのだ。
私たちの生まれ育ったルクスでも、彼女は傑出していた。
彼女の卓越した能力は認めるが、一方で、いつもトラブルの渦中にいる。というかヴェラは元凶そのものだ。神童と呼ぶのもおこがましい、もっとこう、天災や厄災に近い何かなのだと思う。
いつだったか、防衛術式の実験と称して街からそう遠くないドラゴンの巣を彼女がつついた時なんか、本当に大変だった。大人20人が束になってようやく手どれるような成体のドラゴンが、ゆうに30体を超える群をなして空を飛び、あちこちで火を吐いた。街は大混乱で、海も大荒れ、子供は泣き叫び、大人もてんやわんや。
まぁ、肝心の防衛術式が完璧に起動したおかげで、ドラゴンの群れは撃退、挙句に4,5体の成体を撃ち落としたことで、街はその後だいぶ潤うことになる、もし起動しなかったらと思うと気が気じゃなかったが、同時に彼女はそれだけで名誉貴族となれるぐらいの功績を挙げたとも言える。彼女は断ったけれど。
一時期は噂を聞きつけた冒険者が、ドラゴンスレイヤーにあやかりたいと街を訪れたものだった。そのせいで、しばらく私は彼女が巣をつついたことがばれるんじゃないかおびえる羽目になった。
18の時、彼女は学校に通うために王都に向かい、王都に拠点を移してからもその才覚を遺憾なく発揮した。ヴェルの天才性と異常性を揶揄して、彼女のことを《辺境の麒麟児》と呼ぶ人もいる。
褒めているのか貶しているかは微妙にわからないが、お目付役として街からあとを追わされた私の身にもなってほしい。あと、ルクスは辺境じゃないからそこのとこは言い直して欲しい。
ヴェルには何を言っても無駄だと諦める。どうせ巻き込まれるのだから、私が怒られないようにしたい。
「まぁ、もうそれはいいわ…。それで、私が手伝わなきゃいけないことはなんのよ。どうせ私が見てないとまたやらかすんだわ…」
毒づくアイシャに気分を悪くした様子はないが、ヴェラは真面目な顔をして声を小さくする。彼女がそんな顔をするのは珍しい。聞かれると困る内容なのだろう。
「王立図書館から依頼があってね、どうやら大物の工房の手がかりが見つかったらしいの。ゆうに200年は前の人物なのだけれど、それに関する調査を秘密裏に頼まれている。実をいうと、アイシャにも声を掛ける予定らしいよ」
ヴェラは破天荒だが、折り紙つきの実力を買われて、様々な調査依頼を受けている。その点は、ここ王立第三魔法大学でもっとも成功してる学生の一人だろう。
私に?とアイシャは不思議に思い、小声でききかえす。
「なんで私なのよ。私には実地調査の経験がないし、史実科でもないから、工房の調査なんてできないわよ?」
「いや、君がいいんだ」
ヴェラはにっこり笑って返す。
「じゃぁ一体なんだって言うのよ」
余計にわからなくて、アイシャは首をかしげる。
「どうやら、アマデル・エム・ルクスフォードの手がかりが見つかった、らしいの。これで、君のひいおじいさんの工房がどこにあるかわかるかもしれない」
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名前:ヴェラ・ザハルナッシュ 《辺境の麒麟児》
性別:女性
年齢:22
出身:ルクス
所属:王立第三魔法大学大学院 史実科 ラナー研究室
専攻:現代魔法の起源
得意術式:解析術式
説明:主人公にしてトラブルメーカー。赤子の頃に捨てられ、ルクスの学者であるナハルザッシュ家の養子となる。出自は不明だが、卓越した魔力量から強い魔導師の家系と推測される(魔力量は遺伝の影響が大きい)。
好奇心旺盛で自由人。小さい頃から神童と呼ばれるほどの才覚を表すが、一見するとどこにでも居そうな女性であり、彼女が辺境の麒麟児だと知ると驚くものも少なくない。
髪は銀色をしており、あどけなさの抜けないかわいらしい顔をしており、丸渕の眼鏡をかけている。背があまり高くないこともあいまって、少女と間違えられることもある。
名前:アイシャ・エム・ルクスフォード(名誉貴族)
性別:女性
年齢:21
出身:ルクス
所属:王立第三魔法大学大学院 属性科 サリア研究室
専攻:属性魔法の応用使用
得意術式:属性術(水、土)
説明:ルクスの町長の一人娘。主人公の幼馴染に当たる。赤い髪を伸ばしており、すらっとしてメガネをかけた知的美人。
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【ルクス】
アイシャの曽祖父が作った、ヴェルとアイシャが育った街。海辺に位置し、表向きには海産物と貿易で稼いでいる。アマデルは街を作る際に、技術に長けているが行き場のないものを集め、街全体を巨大な研究機関とした。
街といってもその規模は小さくなく、人口は1万5千人ほど。
現在の村長は、アイシャの母親であるエメリア・エム・ルクスフォード。
【工房】
魔術師が研究をする場所で、一流の魔術師は利便性と機密性の関係から自らの工房を持つことが多い。
強大な魔術師の工房に秘匿された知識は、時に重大な遺産ともなりえ、相続争いの種にもなる。
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