天狗の娘 解
「じゃあ、教えて。教えて下さい。わたし、一体何者なの?最近…よく夢を見るの。ううん。最近ていうか、2、3年前から。こんな霧の中で、何かに追われる夢。そこで…誰かがわたしを守って戦うんです。早く逃げろ、そう叫んで。わたしは遠くでぼんやり光る光を目指して夢中で逃げて、霧の中に光るトンネルを見つけて飛び込むの。そうしたら目が覚める。目が覚めたら、全てが凄い勢いで曖昧に成って行って。ただ…羽の音と風の音が頭の奥で遠ざかっていく。だいたい汗びっしょりで、これを…」
怜悧は胸元で揺れる羽を撫でた。
「掴んでいるの。教えて!わたしが見る夢と、今日、いや、最近起こる変なことは何か関係あるの?それに…」
怜悧は顔を伏せた。
「わたし、本当は誰の子なの…?」
霧と、怜悧の長い髪で、その表情は見えなかったが、声だけでも、怜悧が涙しているのは分かった。泣いちゃあいない。怜悧は昔から、声を出さずに泣いていた。
ボクは怜悧を抱きしめたやりたかった。でも、体が動かなかった。怜悧の放った言葉が衝撃的過ぎて。
誰の子なの?
怜悧は確かにそう言った。
信之おじさんと泰子おばさんの子じゃないの?
当然そう考えたけど、このシチュエーションで、あの怜悧が涙しながら言う言葉には、何かを信じ切っている、いや、そう知っているとしか言えない響きがあった。
ボクにはなぜ怜悧がそう言うのか、その根拠が分からない。
だから、答えもない。
天狗を見るしかなかった。
どの天狗が答えるのだろう、そう思って見渡すと、弓納持を残して、膳棚と月寒の姿が見えなかった。
「怜悧…殿、と言ったな?」
怜悧が俯いたまま、コクンと頷いた。
「あなたは、あなた様は、東奥七山四十一岳の天狗を束ねる、入羽天狗の次期頭首にして、15年前の戦いにおいて行方不明になられた、林斎天様の血を引く御方、つまり我らの主であられます」
羽野島は言い終わると同時にその長躯を折り曲げ、片膝を着いた。
なんだか…聞こえることと現実がリンクしない。
いや、それを言うなら目の前で起こっていること聞くことすべて。
まるで、絵空事だ。
「わっ…わたしが天狗の娘?!」
さすがに驚いたのだろう。
怜悧は顔を上げた。
黒い瞳と白い頬は美しく濡れていたが、もう涙は流れてはいなかった。
「そう」
「えっ…だって…そんな…」
「信じられないのも無理はない。我々も同じ。15年前、我ら天狗と人の子との間に子供が出来たことから端を発した争いの最中、我らが主は行方不明になってしまわれた。我ら天狗の一族は、指揮官を失い、河童の一族に押されに押され、この15年、辛酸をなめた。その屈辱の日々の中で、林斎天様と、そのお子を探し、反撃の狼煙を上げるべく、我らは人界をさまよった。つい先日、この辺りの河童の動きが怪しいという情報を掴んで、半信半疑で来てみたところ、まさか出会うとは」
「待って、待ってよ。そう、証拠。証拠は?」
「河童共が着け狙っていたこと。あなた様が見た夢。そして何よりも、その」
羽野島はすっと立ち上げると、手の甲を上にして怜悧の胸元を指差した。
「大天狗の羽とそれが反応したあなた様の血が、何よりの証拠です」
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