天狗の娘 翔

 天狗は飛んでくことを提案した。

 正しくは、霧の中ではそれほど自由に飛べず、滑空の様な感じになる、とのことだった。

 それでも、歩くよりは早く着くはずだ、と。

 えっ?ボクは?

 思わず聞いたボクに、天狗たちは、困ったように顔を見合った。

 なんだ、この足手まとい感。

 急に孤独に襲われたボクが黙り込むと、怜悧が「わたし、飛べない」と言った。

 天狗達は、再度顔を見合う。

 リーダー格の天狗が、怜悧の後ろに回り込み、不躾に背中を触ると「確かに…羽がない」そう呟いた。

 じゃあ、さっきのは?

 そう思ったが、黙っていた。 

 なんとなく、疎外感を感じていたから。

 それに、天狗が背中を触っても怒らない怜悧がなんだか腹立たしかった。

 天狗達は短い相談の上、一番長身の天狗がボクを抱え、甘い顔の天狗が怜悧を抱えて飛ぶことになった。

 リーダー格の長髪長身の天狗は、名を羽野島と名乗った。

 次いで甘い顔の天狗が、膳棚と名乗り、一番小さい天狗が、顎を斜めに上げた感じで月寒だ、と名乗った。

 ボクも怜悧も名乗り返した。

 自己紹介まではいかない、ホントにただの名乗り。

 ボクは文字通り小脇に抱えられ、怜悧は膳棚とかいうイケメン天狗にお姫様抱っこ。

 それも、また、ムカついた。ムカついたというより、悲しくなった。

 だけど、悲しむだけの余裕はすぐになくなった。

 天狗が「はっ!」という気合と共に、高下駄で地面を強く蹴り上げると、そのまま宙に浮いた。

 うおっ!なんだこれ!飛んでる!

 足が思わずばたつく。

「静かにしてくれないか」

 無表情で言われ、ボクは意識を総動員して空に浮く恐怖を押さえると、精一杯大人しくした。

 天狗が発した声はそれだけ。

 飛んでいる間は、誰もかれも無口だった。

 すごい気まずい。

 やがて、視界も何もない、一面の霧の中、どこをどう飛んだのかも分からぬまま、再び地面に足が着いた。

 確かになんとなく、ボクや怜悧の家の方に飛んでいた…気もする。

 でも。

 そこには家はなかった。

 あるのは一面の霧と、うつ伏せに倒れる幾体かの人型のなにかだけ。

 驚かなかった訳じゃない。

 ただもう、何もかもが有り得なさ過ぎて、心が追いつかなかった。

 こういうとき、ボクは黙り込む。

 浮ついて失敗したり、落ちてネガティブワードを連発しないように、じっとすることにしている。

 バサッ。

 羽を一鳴らしして、膳棚が舞い降りた。

 怜悧は、ワンピースの裾を押さえ、跳ねるように膳棚の腕から地面に飛び降りた。

「ありがとうございます」

 顔は無表情だが、ワンピースの裾を押さえている所が、女の子らしくて、そのギャップは見逃せなかった。

 ボクがそんな風に見ているのを気にも留めず、うつ伏せに倒れている手近な人型にしゃがみ込むと、右手を差し出し、なぞる様にその体の上を滑らせた。

「これっ…」

「黒蓑だ」

 羽野島が腕組みして言った。

「ひいふうみい…17体。全滅じゃねえか…古閑太まで…信じられねえ…」

 月寒が声のトーンを落として言った。

 ボクの周囲にはせいぜい5体しか見えないが、霧の中でも視力が違うのだろう。

「しかし…青がっぱも30体は倒れている。緑がっぱも3体…だけど、肝心の黒がっぱはいない…そしてもうすぐ霧が晴れる…」

 膳棚が両手で額に庇を作り、霧の中を見回した。

「ああ…やつら目的を果たしたのか。はたまた、古閑達の抵抗にあって逃げ去ったのか…どのみち今日は終わる」

 羽野島が大きく溜め息を吐くと、目を閉じた。

「あの…今日は終わりなのね…それじゃあ、もう家に帰れるの?」

 怜悧が寒いのか、自らの手で両肩を抱くようにすると羽野島に語り掛ける。

 ボクは怜悧に掛ける上着を持ってないことを悔やんだ。

「多分。もうすぐ霧が晴れる。そうすれば、明暗境界線が動き出す。おまえ…あなたの住む世界が、輪郭を露わにするだろう。その前に、我らは御山に帰らねばならぬ」

 羽野島は、考え事をしている人がそうするように、目を閉じたまま、呟くように答えた。

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