天狗の娘 会

 辺りが急に、霧の日の午前4時の様に静かになった。

 河童の鳴き声が、耳鳴りとして残っていたが、やがてその幻聴も収まった。

「怜悧…いったい…」

「しっ!」 

 怜悧が口元に人差し指を当て、川原の方を振り返る。

 特に何も聞こえないし、なんの気配もしない。

 でも、怜悧は何かを目で追っていた。

 そんな怜悧の目線を追うと、上を向いていた怜悧の顔が、水平になった。

 すると、霧の中から滑るように何かが現れた。 

 すっ、すっ、すっ。

 それは、3体の人影だった。

 おおよその察しは付いた。

 さっきの天狗だろう。

 河童も天狗も化け物には違いないが、佇まいから見るに、天狗の方が、各上だった。

 怜悧が身構える。

 ボクとけだまも身構えた、ものの。

 妙な気持ちだった。

 怜悧が紫の炎に包まれて、何かしらの力を発揮しているのは分かる。

 分かるけど。

「怜悧…もう逃げよう?」

 ボクは小声で華奢なのに、妙に力強いその背中に話しかけた。

「ん?…そうね…でも…少し…」

 怜悧は振り返って、口ごもりながら言葉を紡ぐと、考え込むように黙り込んで、また正面を向いた。

 影が足音もなく近づいて来る。

「止まって!」

 怜悧が叫ぶと、影はピタリ、と止まった。

「待て」

 霧の中に浮かぶ影から若いテノールが響いた。

「待たない!帰って!」

 怜悧が返事を返すと、影がお互い見合った。

「いや、待て、というか、待ってくれ。いや、待っていただきたい。少なくとも我らは敵ではない。ただ、確かめたいことがあるので、もう少し近づかせて欲しい」

 今度は、落ち着いた安心感を与えるアルトが話しかけてきた。

 怜悧はチラリとボクとけだまを見ると、構えを解いた。

「分かった。でも、近づき過ぎないで」

 怜悧の解答に、影がゆっくりと歩を進めた。

 影が、形になった。

 そこには、3人の男がいた。

 祭りで擦れ違った、3人のイケメン。 

 長身長髪、前髪ぱっつんピアス、そしてフードの中に帽子を被った小柄な男。

 どう見てもモテそうで、どうみても人間だった。

 羽が生えている以外は、という条件付きで、だけど。

「おまえは…いや、あなたは…」

 真ん中に立つ、長身長髪の男が、低い声で言った。

「わたしは、羽陽怜悧。ここはどこなの?さっきのは何?あなたたちは誰なの?」

 怜悧が男の問いかけを遮って聞いた。

 3人は再び顔を見合わせ、今度は左に立つ草食野獣系の男が口を開き、甘い声で言った。

「知らないのか?ここがどこかも、河童の事も、我々の事も?」

 怜悧がかぶりを振る。

「知らない。河童?河童って、あの河童?うそでしょ?そんなの…いるはずない…」

 怜悧の語尾が小さくなる。

 気持ちは分かる。 

 ボクだって、実際に見て、あの鳴き声を聞いて、殴られなきゃそう言う。

「見ただろう?それに…俺には信じられないが、あんたやつらを蹴り飛ばしただろう?あんたが河童を信じないのは勝手だけど、それ以上にあんたがやつらを倒したことの方が、俺には驚きだ」

 右側の男が、フードのしたから、存外かわいらしいメゾソプラノで怜悧を否定した。

 顔は良く見えないが、きっと美少年だろう。

 ボクは、今すぐにこの場を立ち去りたい、そう思った。 

 体のあちこちが痛いのもあるし、ずっと霧の中にいたせいで、何だか寒いのもある。 

 次いでに、本当についでだけど、イケメンと怜悧が話しているのは、モヤモヤする。 

 例え、会話の内容が、恋愛の要素が皆無であっても、だ。

「それは…分からないけど…待って、あなた達、誰なの?それを教えて。それに、ここから出るにはどうしたらいいの?なんだか、家に帰りたい」

「もちろん答える。そのために来た。我々は天狗。入羽の一族。おまえに、いや、あなたに用があって来た。ここからはじきに、出られる。落ち着いて話したい。まずは、あなたの家に行こう」

 やっぱり天狗? 

 だけど天狗って。

 それはともかく、怜悧の家に行く?

 男3人で?

 いや、有り得ない。

 ボクの気持ちをぶった切る様に怜悧は言った。

「分かった。行きましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る