土手の上の死闘 怜悧の戦い
クケケケケケ、クケケケケケ!
ずしゃ、ずしゃ。
鳴き声と足音が近づいてくる。
ボクは霧に迷い込んでしまわないように、けだまを柔らかく抱きしめた。
怜悧が何かするつもりでも、上半身を起こして肘を着くのが精一杯で止められない。
クケッ!クケッ!クケケケケケ!
声帯を震わせるようなスタッカートの効いた鳴き声が、一際甲高く響き、河童が右腕を引く。
見上げる灰色の世界で、ボクを覗き込む様にしゃがんでいた少女が、凛と立ち上がると、ワンピースの裾をはためかせて振り返る。
怜悧は、仁王立ちになると、河童の前に立ち塞がった。
「バカッ!逃げろおおおおおおお!」
声の限りに叫ぶ。
鈍くさいが重そうな突きが、両手で掴めるほどの細いウエストの少女に向かって突き出される。
ひらり。
怜悧は身を捩る様に、半身になって突きを躱した。
「えいっ!」
河童の左腹に、怜悧の蹴りが繰り出された。
怜悧…駄目だ…無理だ…人間には…
ぺチン。
軽い音がした。
「いたい!」
怜悧が足を引き、後ずさった。
前に一度体当たりを跳ね返され、その拳を重さを身をもって味わった今となっては、河童の固さ、重さが身に染みるだけに、細身の怜悧の打撃では、どうしようもないと分かる。
「ダメっ!全然勝てる気がしない!才蔵君!立てる?けだま連れて逃げて!」
怜悧の叫びに、ボクは目頭に熱さを感じた。
嬉しい訳じゃない。
悔しかった。
ボクは…地べたに座り込んで何してんだ?
着いていた肘を引きはがし、右手を着くと軋む腰と震える足を叱りつけ、フラフラと立ち上がる。
「早く!わたしが何とかするから!」
クケケケケケ!
「うるさいっ!」
怜悧が河童の突きを再び交わした。
怜悧の体は細く、動きは軽く、河童の突きは容易に当たらないように見える。
だが、細く軽いだけに、一度重量のある暴力に晒されたら?
ガクガクしていた足に、徐々に力が持ってきた。
何をしている訳でもないが、左手にしがみ付くけだまの温もりが、冷たい空気の中で頼もしい。
もう少し、もう少しでまた走れる。
視界の中で、怜悧が右にサイドステップを踏み、河童の突きを躱した。
右に飛んだ怜悧を目で追うと、なぜかそこには、いつの間にか別の河童が両手を突き出していた。
「怜悧!」
「あっ!」
パシッ!
とっさに身を捻ったものの、不意に現れた一体が掴み掛かるように突き出した手が、怜悧の頬を打った。
怜悧は、ボクの方へ吹き飛ばされ、尻餅を着いて地面を滑った。
「怜悧!」
慌てて駆け寄る。
「あっ、いった…痛い…」
「怜悧!おいっ!大丈夫か?!」
ボクは怜悧を抱き起した。
「なんか…目の前がチカチカする…やだっ…わたし…なんか…口…変な味がする…」
覗き込んだ目から目線を下に写すと、怜悧の鼻と口から、血が溢れて白い肌を伝い、ワンピースに点々と染みを作り、水色を色濃く変えていた。
抱き起した怜悧の口元から頬を伝って顎に垂れた血が、ポタリ、怜悧の胸元の羽に落ちた。
途端に、羽が紫色に光り始めた。
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