土手の上の死闘 ボクの戦い

 水と風。

 山と川。

 ハブとマングース。

 天狗と河童。

 多分、そう言う事だろう。

 その時はそう思った。

 まるで、ファンタジーの様に、偶然、襲ってきた化け物の、天敵が現れるパターンのやつだと。

 だが、その場合、たいてい後から現れた、より強力な化け物に襲われるんじゃなかったっけ?

 そう。こういう場合、化け物同士が争っている内に逃げるのが、パニック映画の正しい作法だ。

「逃げよう!」

 天狗の巻き起こした風で、前髪を揺らす怜悧の肩を掴んだ。

 怜悧は、ハッとした様にボクの顔を見ると、唇を引き締めて頷いた。

 よし。

 ボクらはまだ、気力がある。

 天狗が空から舞い降りた、その方角にこそ穴がある、そう信じて走った。

 クケケケケケケ、クケケケケケケ! 

 エイッ、オウ、ハッ!

 ドガッ、バン、バチン!

 河童は鳴き、天狗は気を発し、肉を打つ音が背中越しに聞こえる。

 ふいに、大きな影が前方に現れた。

 思わず急ブレーキで身構える。

「大丈夫!あれは、木。天狗の木!」

 怜悧が横で言った。

 ああ、そうか。

 よく見ると、影が動いて見えたのは、風の作用のようだ。

 木を目標に進路を変える。

 あれが、土手の上に植えられた木だとすると、木を辿ることで、どこかには辿り着けるはずだし、木の陰は、隠れるのにも役立つ。

 木に触れる距離に辿り着いた。

 確かめるように手をつく。

 木は、ひんやりとしていたが、力強くそこにあった。

 不意に、怜悧を抱きしめたい、そんな風に思った。

 誓って言う。

 決してやましい気持ちではない。

 ただ、木に触って得られた、確かな現実味を感じたかったのだ。

 それが証拠に、闇雲に怜悧に抱き付いたりしなかった。

 代わりに、けだまの頭を撫でた。

 けだまが、べろり、と手を舐めた。 

 くすぐったい。

 これは現実だ。

 だとすると、まだ、逃げなきゃいけない。

 そう、怜悧に告げようとして顔を上げたボクの目線の真っ直ぐ先、つまり怜悧の後ろから、のっそりと影が現れた。

「危ない!!」

 ボクは、怜悧を抱くように引き寄せ、その勢いのまま、自分と位置を置き換えた。

 クケケッ!! 

 河童は一声鳴くと、拳を引き、続いてそのまま突き出した。

 胸の前で腕をクロスし、そこに隠すように体を縮こませ、歯を食いしばって顎を引く。

 ドガッ!

 痛みは、音と共に直接骨から耳へと伝わってきた。

 衝撃に奥歯が揺れる。

 そのまま後ろに吹き飛んだ。

「才蔵君!」

 すぐ後ろで怜悧の声がする。

 駄目だ。

 このままじゃ怜悧にぶつかる。

 こんな勢いじゃ。

 ボクは空中で身を捩ってとっさに方向を変えた。

 ズザザアッ。

 痛ったあああ。 

 擦った肘、膝の痛み、体中の骨に走った衝撃ですぐには動けないし、どこから立ち上がっても痛みを感じそうで全身が強張る。

 ちゃりちゃり。

 砂利を蹴る軽やかな音が近づいてきた。

「怜悧…逃げろ…」

 痛みを恐れて強張る体で声が出しづらい。

 それでも精一杯、声を絞り出した。

「大丈夫?!!」

 四つん這いで痛みが去るのを耐えているボクの肩に、怜悧の手が置かれ、次いでさっと引っくり返された。

「痛っ!」

「ごめん!痛かった?!ごめんね!」

「れい…逃げ…」

「うん。分かった。けだま、頼むね」

 全然分かってない、そう言いたいのに、背中が痛んで声が出せずにいるボクに、ふわふわした温かいモノが押し付けられた。

 

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