河童 霧の中の鳴き声

 元来た道を戻る。

 河童像の後ろを走り抜ける。

 平地を歩いていたつもりが、いつの間にか緩やかに下って土手に下りていたようだ。

 戻りは上り。

 それだけで焦る。

 虫は嫌いだが、あえて分かり易く例えて言うのならば、そう、ご名答。

 動いてんだか動いてないんだか分からない黒いGが、急に加速するように、後ろから迫って来るずしゃずしゃという音は、疲れたからといって、土手の途中で一服出来るスピードではない。

 でも、まだこっちの方が速い。

 何より怜悧の躍動感溢れる走りが頼もしい。

 けだまを抱えながらも、上りの道で、ボクを追い抜いた。

 あははウケる。

 土手を上り切ってしまえば、河童達との差は広がるはず。

 問題は。

 右手に追って来ているはずの、例の3つの影だ。

「わっ!」

 怜悧が叫んだ。

 息切れ気味で、下を向いて走っていたボクは、顔を上げて怜悧の姿を目で追った。

 怜悧のワンピースがふわりと舞って、白い靄の中でも分かる乳白色の綺麗な形をした足が、いや、正直に言おう、魅力的な太ももまで露わになっていた。

 だが残念なことに、それ以上は目視出来なかった。

 目を逸らしたとかそんな意気地のない話じゃない。

 ワンピースの裾は、絶妙な具合で、その芸術的な太ももにまとわりついていたし、何しろ視界は、息苦しいほど悪かった。

 春風のような、乾いた風が吹いていたら、ボクの気力はメーターを振り切っていただろう。

 如何せん、霧ではすべてが重くなる。 

 鳥の羽も、ワンピースの裾も。

 一時的に得た、ベホイミの効果で、足取りが軽くなる。

 加速度を付けて、上り道を駆ける。

 すぐに、怜悧が叫んだ訳が分かった。

 意識して上に出した足が、空を切ったのだ。

 そのまま、地面に吸い込まれるような感覚の後で、砂利道に足が着いた。

 前のめりに転びそうになる。

 土手を登り切った。

 心なしか、後方から迫る水気を含んだ足音が、先ほどまでよりも遠くなった気がする。

 しかし。

 上っている道の終着点すら分からないほどの視界の中、どちらに向かえばいいのだろう。

 迫る足音から逃れるために走るしかないのか。

 ボクは判断に迷った。

 怜悧も同じ考えのようだ。

 ボクに近づいて、左右を見渡した。

「ねえ…」

「ワン」

 話しかけた怜悧を遮る様に、けだまが鳴いた。

「けだま!」

「おいっ!」

 けだまはどうしたん?とでも言いたそうな顔で首を傾げている。

 まさかここでか!

 誰もが予想外だったようで、河童の足音が、ピタリ、と止んだ。

 代わりに。

 右手から3つの影が、音もなく浮かび上がった。

 しまった!

 けだまの鳴き声で、場所を教えてしまった!

 慌てるボクと怜悧。

 影はみるみる迫り、最悪なことに、河童の足音も、再び聞こえ始めた。さっきまでよりうんと近くで。

 

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