笹巻河童祭り 乱

 前からずしゃずしゃ音を立ててすり寄って来る影が河童だと思ったのは、霧の中に居て、妙な雰囲気を感じていたこと、信之おじさんの話を、うたた寝の間に夢見ていたこと、そして、余りにも、川原の河童像に、姿形が似通っていたこと、以上3点に依る。

 もちろん、自分で認識している限りは、だ。

 本当は、もっと、色々な要素が、無意識に働きかけていたのかもしれない。

 夢の続きを見ているのかと思ったが、四方八方、平面の境界はどこまでも曖昧なのに、足元の地面の感覚と、そっと腕に置かれた怜悧の手の感覚は、まごうことなくリアルで、これが地に足を着く、と言う事か、なんて軽く悟った気分にさえなった。

 とにかく。

 夢だろうが、現実だろうが、逃げる時は逃げる。

 いっそ、こういう時、夢の方が楽だ。

 全てが自動で進行するから。

 だけど、今は現実だ。

 現実でなければ、怜悧との仮にもデートとも言えるものすら、幻にしてしまわなくてはならない。

 それは、許されない。

 有限の時の中で、大切なものを手に入れるためには、いつだって戦う心構えが必要だ。

 むろん、戦うって言っても、この間の様に闇雲に突進するのではない。

 まず、前回と違って5人、いや、本当に河童だとしたら5匹いるし、それで何とかなるのは、漫画とアニメとチート系のラノベの中の話。

 この場合、ボクが戦うのは、状況と言うか、自分自身とだった。

 三十六計逃げるに如かず。

 それもまた、戦うってこと。

 良かった、成績と関係ない無駄な事覚えてて。

 逃げなきゃいけない。

 どっちに?

 左右を見渡す。

 左右とも、濃い霧の中。

 只深い霧に覆われているだけで、現実とも言える世界がきちんと存在するなら、左も右も駄目だ。

 左は土手の先に川原。

 相手が河童だとしたら、最悪の選択だ。

 ちょっとシミュレーションゲーム齧った人間なら、地形効果が馬鹿に出来ないことを知っている。

 左はNO。

 右は?

 すぐに住宅街のコンクリートの壁にぶつかる。

 壁の手前は一段下がっているから、ちょっと乗り越えてどっかの家のご飯時にSOSを求める自信がない。

 壁を乗り越えるのに手間取って、足を掴んで引きずり落とされる自信はある。

 そりゃそうだ。

 誰でも気軽に壁を乗り越えて、お宅訪問なんてなったら、この世は強盗パラダイスだ。

 後ろ。

 そう、後ろ。

 それが一番現実的な選択肢だ。

 なんせ、後ろは祭りで人が沢山いる。

 お巡りさんがいるかも知れないし、ボクより喧嘩が強い人だったら、まず間違いなく確実にいる。

 喧嘩が強い…

 そこで、さっき擦れ違った3人の男の事が、意識の底から上位ワードに浮上してきた。

 待てよ。

 あいつら、味方なのか?

 もし。

 もしだよ。

 挟み撃ちにする作戦だったら?

 詰んでないか?

 だって、この間の霧の中の出来事の時点では、疑問だったけど、今日ここに到って確信になったことが一つある。

 ボクはモブだから、こんな手の込んだ狙い方はしないはず。

 残る選択肢は、怜悧を狙っている、ということ。

 一度やって失敗したらどうする?

 一度目より周到に作戦練るよね、普通。

 実際、そうだった。

 作戦が練られていたことは、後で分かった。

 ボクが想像していたのとは、違う作戦だったけど。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る