笹巻河童祭り 変

 屋台の群れで出来た道を抜け、街灯だけの道に出ると、途端に辺りが暗くなっているのに気づかされた。

「ん?帰らないの?」

 怜悧が後ろから声を掛けてきた。

 振り返ると、揚げモロコシの入ったカップを左手に持ち、右手で揚げモロコシを食べている。

 こいつ、なんか食ってても可愛いな。

 薄暗がりで見る怜悧もまた、秀逸だった。

 怜悧は揚げモロコシを口に放り込むと、カップに細い綺麗な指を入れ、取り出したモロコシを半分食べて、半分けだまの鼻面に差し出した。

 けだまは、普段閉じている口を開けると、ハムッ、という擬音付きでモロコシに齧りついた。

 けだまも、けっこうカワイイ。

 怜悧が溺愛するのも分かる。

 分かる、けども、ボクは今、猛烈にけだまになりたい。

 暗がりで妄想が見透かされるのを避けるように、ボクは言った。

「あ、うん。帰るけど、その前にチョコバナナ、食べてからでいい?」

「えっ?うん。いいけど」

 よしっ! 

 ボクは再び前を向いて歩き出した。

 もう馬越橋は見えている。

 橋の入り口の向こうには、大きな木があり、街灯の下にベンチがある。

 そこまで行けば、ほとんど人通りはいない。

 特に小うるさいお子様は。

 嘘か誠か、祭りの日に河童像の近くで遊ぶと、神隠しに会うと言われているから。 

 ボクらはもう、子供じゃない…多分。

 境界線は曖昧だけど。

 怜悧はボクがベンチを目指しているという意図を察したのだろう。

 今日初めて、前でも後ろでもなく、横に付いて歩いた。

 けだまが怜悧の指を舐めている。

 ほほう。

 そういうシステムか。

 羨ましいことだ。

 ボクは徐々にベンチが近づくに連れ、緊張が高まり、鼓動が早くなるのに反比例して、無口になった。

 怜悧は、元々無口だった。

 ジャリ。

 足元の音が変わった。

 ん?

 馬越の辺りって、砂利道だっけ?

 最近来てないから分からないけど、普通に舗装されてなかったか?

 急に、霧が出てきたようだ。

「なんだか…」

 怜悧が呟くように言った。

 同感だ。

 なんだか、なにかは言い切れないけど、変な感じ。

 けだまが、ふんっ、と鼻を鳴らした。

 けだまも同感らしい。思わず振り返る。

 怜悧も釣られるように振り返った。

 そこまで歩いたわけじゃないはずなのに、もう屋台群が見えない。

 ぼんやり見えるのは、何か分からないが、三つの影。

 自然、2人と一匹立ち止まって、視線を元に戻すと、いつの間にか、正面に人影がに現れていた。

 1、2、3、4、5。

 5人かそれ以上。

 嫌な。

 いやあな、予感。

 予感と言うか、悪い方の既視感。

 だって、視線の先に現れた人影は、両手を上に突き上げている。

 そんな人達いる?

 どこかの国の宗教じゃあるまいし。

 前方の人影が歩く音が、ずしゃ、ずしゃ、と霧の中を湿った響きで聞こえてきた。

 河童。

 まさか、ね。

 このあと、ボクの予感と妄想は、正しい意味で当たったことを思い知らされる羽目になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る