笹巻河童祭り そしてチョコバナナ

 祭りの外れ、大崎川の大橋から離れるに従って、明らかに屋台主のやる気が無くなって行くのに気づいた。

 これも大人の気づきだろう。

 祭りの中心部の屋台主達と打って変わって、誰も店先を通る人に声を掛けない。

 やる気なささMAXで、椅子に腰かけ、煙草を吸って、人の流れをただ眺めている。屋台によっては、同じぐらいの歳の男子が、奥の椅子でスマホをいじっている。こちらを見もしない。このやる気は、イチローに怒られるレベルだ。

「もう、店なくなるよ?焼きそばとチョコバナナ、買わないの?茉優ちゃんが好きなの、どの屋台?」

 怜悧が聞いて来た。

 しまった。

 自分の言ったことを忘れていた。

 それも、やむを得まい。

 なんせ嘘だから。

 しかし、嘘つきは好かれないだろう。

 自分の吐いた嘘を、回収しなくてはならない。

 しかし。

 あるかな、焼きそばとチョコバナナ。

 そこで、今日の山羊座の運勢が一位だったことを思い出した。

 信じるんだ。

 テレビの占いを。

 そう、言い聞かせて屋台の終わりに向かって歩くと。

 有った。

 マジか?

 なんで、こんな外れに?

 焼きそば屋とチョコバナナ屋が?

 売れるのか?

 家賃?出店料とか大丈夫か?

 いや、今は他人の心配をしている場合ではない。

「ああ、あったあった」

 ボクは殊更嬉しそうに声を出して、屋台に近づいた。

「いやあ!すごい美味し…」

 そうでもない。

 むしろ、対極に位置する一品だ。

 具はないし、量もないし、なんだか、変にどす黒い。

 しかも、高い。 

 700円。

 確か、もっと大橋よりの店は、350円からあったような気もする。

 でも。

 もはや引き返せない。

 嘘を吐くと、痛い出費をする。

 これは、大人の階段を上る痛みだ。 

 いい事の前には、嫌なこともないと。

 そう言い聞かせて、焼きそばを買うことにした。

「お、おじさん?」

 咥え煙草で本を読んでいるおじいさんとも呼べる見た目のおじさんに声を掛けた。

 普段なら、絶対しない。

 咥え煙草で本を読んでいる、気難しそうなおやじに声を掛けるなんて。

 案の定、というのか、ここは怒るべきなのか、おっさんは、声に出して返事をする代わりに、じろり、と目だけで聞こえていることを教えてくれた。

「あ、あの、焼きそばください」

「いくつ?」

「へっ?」

「だからいくつだよ。あんたら2人いんだろ?二つか?」

「い、いや、一個でいいです」

「ちっ」

 明らかに舌打ちした。

 いるんだ、こんな人。へえ、びっくり。むしろ新鮮。

 おっさんは黙ってパックに包まれた焼きそばを差し出した。

 二個。

「いや、一個で…」

 ボクが言うと、おじさんはボクが差し出した千円札をひったくる様に取り、300円を返しながら言った。

「いいよ。やるよ」

「へ?」

「どうせ売れねえし。後ろのあんた、可愛いからな」

「へ?」

 恐るべし。

 今度生まれ変わったら、美少女になろう。

 乃木坂に入れる様な。

 いや、ダメだ。

 そしたら、美少女と付き合えない。

 無駄なジレンマを一瞬で済まし、おっさんにペコリと頭を下げて、隣のチョコバナナ屋に向かう。 

 しかし。

 本当にこの焼きそばは二つもいらない。

 そう考えると、美少女もいい事ばかりじゃないな。

 次のチョコバナナ屋は、疲れた顔をしたおばさんがやっていたので、安心して1本買えた。

 今度から、怜悧と買い物するときは、女性店員の店を選ぼう。

 そう決めて、いよいよ、今日の目的地、河童像の川原に向かうことにした。

 天気はまだ、崩れていなかった。

 今のところは。

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