笹巻河童祭り 茉優は焼きそば好き
買いたいものがあるから祭りに付き合って。確かにそう言った。
忘れてた、訳ではない。
見た目の美しさに、圏外に追いやられていただけ。
怜悧は、見た目とは裏腹、かなり気が強い。
ボクは慌てて言い繕った。
「あれだ!その、チョコバナナとたこ焼き、あと、茉優に焼きそば買ってこいって言われてたんだった!」
「茉優ちゃん?焼きそば好きなんだ」
「そ、そう!あいつ、三食焼きそばだから!」
怜悧が怪訝そうな顔をした。
渾身のジョークだったが、まったく伝わらなかったようだ。
ニコリとも、頬の辺りがピクリとも、しない。
すまん、妹よ。
ボクのせいで、お前は焼きそば好きという属性が付与されてしまった。
「ふーん、じゃあ、買って帰ろう?天気崩れるって言ってたし」
怜悧は左腕に掛けている鮮やかな青い傘を右手で触り、空を見上げた。
「うん。でも、あいつの好きな焼きそば、馬越橋の方の屋台なんで、もう少し歩こう。途中、なんか食いながら」
「馬越の方?屋台の指定なんかあるの?」
「うん。あいつけっこう味うるさくて」
「屋台の焼きそばの味の違い…」小声で怜悧が呟いた。
もう、引き返せない。
茉優は、屋台の焼きそばの味にこだわる女に昇格した。
それを想像すると可笑しくて、怜悧に顔を見られないように、前を向いて歩き出した。
道行く人とすれ違う。
親子連れ、男子女子同士の友達グループ、そしてカップル。
カップルは、みな、手をつないだり、腕を組んだり、肩を抱いたり、お互いの二の腕を叩き合ったり、ああ、もう、楽しそうだ!
歩きながら人々を観察していると、独りの人もいることに気付いた。
数は、多くはない。
左斜め前方に一人。
長髪で、季節外れの黒いコートの男。
180センチはある。
目つきが鋭く、頬がこけている。
ああいうタイプはやばい。
何がヤバいって、俺様系で、ちっとも優しくないのにモテる。
ボクは、怜悧の視界を塞ぐようにすると「あっちの焼きそばどう思う?」と男と反対側の屋台を指差した。
立ち止まった男とすれ違う。
ふうっ、危ない。
「ちょっと違う。豚肉の大きさが」
適当なことを言い、なんの変哲もない焼きそば屋を通り過ぎ、歩く。
また一人、右手に、高身長の男がいた。
今度の男は、薄い紺色のロングコートを着た、韓流スターみたいに前髪を揃えた男で、耳にピアスをしている。
甘い顔つきで、優しそうだが、ああいうタイプもヤバい。
さっきの男とは違って、カッコいい癖に、とことん優しくてモテる。
その実、かなり女を食いまくっているという、チートだ。
分かる。
話したこともないけど。
「あっ、ボク、ここのチョコバナナ好きなんだよなあ」そう言って、今度は左端に怜悧を誘導した。
怜悧は「チョコバナナ食べてるの、見たことない」と明らかに怪訝そうだったが、なりふり構っていられない。
少しづつ、難関をクリアして、目的地に近づく。
ゲームで培った技が、今、活かされている。
それでも、目的の馬越橋の河童像までは、まだ100メートル以上ある。
気を引き締めねばなるまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます