笹巻河童祭り 祭りの喧騒

 子供心に思っていたことがある。

 初めて河童祭りを見た、幼いころからずっと。

 河童祭りの山車は、信之おじさんから聞いた御伽噺を題材に作られている。

 なんとか河童が、村人を襲っているシーンとか、河童達が、武者と戦っている場面とか、河童と天狗の戦いの図、とか。

 それは分かる。

 でも、なんで河童祭りなのに、跳人は天狗寄りの衣装で舞うのだろう、と。

 ほとんど地面に足を付けず、爪先立で、跳ねるように舞う踊りは、あらためて見ても、河童というより天狗だった。

 大人に成って見ると、物事は前と違って見える。

 毎年同じような祭りのはずなのに、なんだか、今年の祭りは、新鮮だった。

 思わず見入っていると、さあっ、と吹いた風に水滴が混じっているのに気づき、我に返った。

 まずい。

 このままだと、雨に降られて祭りが終わってしまう。

 最終的には、雨の中の相合傘もいいが、まだ早い。

 少しは距離を詰めないと!

「行こう!なんか買って食べよう!奢るよ!」

「えっ?ああ、うん」

 返事をしてこっちを見た怜悧と目が合ったけど、ドキドキして顔を逸らしてしまった。

 マジでカワイイよなあ。

 誰もいなかったら、大声で叫んで見悶えたい。

 だが、ボクも男だ。

 そこはグッ、とこらえて、怜悧の顔を見返そうとしたが、ボクに出来たのは、自然なふりを装って、けだまに話しかけることだけだった。

「け、けだまに普段なにあげてるの?」

「えっ?普通にドックフードとか、茹でたササミとかだけど…」

「あ、ああ!そう。いや、けだまにもなんか買ってあげようかなあ、なんて」

「けだま、食べる物あるかな?」

「チョコバナナとか良くない?チョコバナナ」

「…いやあ、犬はチョコ食べないよ…」

「えっ?そうなの?じゃあ、まあ適当に…タコ焼きとか…」

 なんだかうまく行かない。

 小学生の頃までは、それこそ適当に話せたのに、怜悧を女子と意識し始めてからは、だんだん話題に困る様になってしまった。

 それが、中学の時に怜悧を避けた理由でもある。

 ほんとはもっと話したいし、出来れば、好きなように怜悧に触れたい。

 いやらしさ抜きにして。

 でも、いざ、本人を目の前にすると、途端に自然でいられなくなる。

 何を言っても駄目な気がして、面白い事、楽しい事を言わなくちゃと思って脳をフル回転させて、結果、脳がショートして何も言えなくなる。

 触りたいと思うし、次に会った時は、頭を撫でてみたり、唇を指でなぞってみたり、肩の薄さや、二の腕の感触を確かめてみたいと思うのに、まるでバリアでもあるかのように、逆に触れないように意識してしまう。

 思い切って手をとって歩き出そう、そう思ったが、思っただけだった。

「だ、山車と反対方向の屋台に行こう!多分空いてるから」

 そう言って、怜悧を見ないで歩き出した。

 なんだこれ?なんだこのドキドキ?予想外だ。頑張れボク。やれば出来る子なはずだ。

 心の中で、ボクの中のボクを励まし、ボクの中のボクが、勇気ある行動に出ることを祈った。

 怜悧がちゃんと付いて来てくれているかどうか気になって、後ろを振り返る。

 怜悧は、少し後ろを、けだまを撫でながら、土手沿いに並んだ屋台を見つつ、歩いている。

 祭囃子と屋台の喧騒で、周りはうるさいはずなのに、ほとんど音は耳に入らなかった。

 ただ、祭りの様々な光に照らされて輝いて見える、怜悧の顔や、白い腕、ほっそりした脚を見ていた。

 ついでに、オレンジに輝く、丸々フワフワしたけだまも。

 けだまはボクの視線に気が付くと、胸元から怜悧の顔を見上げた。

 怜悧はけだまが身じろぎしたことでボクの視線に気づき、真っすぐにこっちに向かって歩いて来た。

「ごめん。何買うんだっけ?」

「いや…決めてないけど…なんか、その、2人で食べられそうな…」

「えっ?なんか買いたいものあるからって言ってなかった?」

「ああ、それは、買いたいものっていうか、怜悧と祭りに来たいっていうか…」

 怜悧の眉が寄った。 

 

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