御伽噺 使者
もう駄目だ。
こうなったら、誰が最初に食われて、誰が最後に食われるか。
村人の半分はそう考え、残りの半分は、我が身を捨ててでも、愛する家族を逃がさなければ、そう思った。
荘園主は、子供、若いおなごを中心に、裏口に集め、信用できる若い衆を呼んだ。
集められたおなごの中には、愛娘の小夜もいた。
荘園主の東次郎は、有るだけの御札を小夜に渡すと、裏口から逃げるように言った。
すでに、鳴き声か笑い声か分からぬ奇妙な声は、屋敷の門の内側から聞こえていた。
ばんっ。
屋敷の入り口の扉が乱暴に蹴り入れられた。
夜気と共に、濃密で深い不快な霧が、屋敷に流れ込んだ。
月もない夜だが、外は灰色に薄ぼんやりと光っていた。
クケケケケケ!
蛙のような、もっとおぞましい何かの様な。
声の主は、育ち盛りの男の子ぐらいの背丈だが、横幅は大きな馬ほどあった。
屋敷の奥へ奥へと村人は逃げ、屋敷の周りの家々では、悲鳴が立ち上がった。
東次郎と小夜は、狂乱に巻き込まれぬよう、女子供を裏口へと誘導し、裏門まで辿り着いた。
びしゃ、びしゃ。
ぺたりぺたり。
人の物ではない足音が、ゆっくりと、確実に追って来ているのが分かった。
急いで裏門の閂を上げ、門を開ける。
と。
入羽山に通じる道の奥に、人影があった。
しまった!
囲まれたか!
思わず膝を着く東次郎に、遠くから人影が声をかけた。
荘園主様!
よもや、国府に出した使者か?
問う東次郎。
霧の中を滑るように現れたのは、使者ではなく、死者であった。
いや、正確には死んだとばかり思われていた少年、宇三であった。
おお!
思わぬ少年の出現に、荘園主の東次郎も、娘小夜も、生き残りの女子供も泣いて喜んだが、予期せぬ再会も、地獄では喜びも束の間に過ぎない。せっかく生きていたのに、すぐに死に目に会うとは、と誰もが余計に悲しみに暮れた。
宇三以外は。
宇三はすぐに状況を察すると、きっと力強い目で、霧の向こうの悲鳴を睨みつけた。
元々機転の利く、優しい少年だったが、半月ほど見ない間に、そこに頼もしさの様な物が備わっていた。
荘園主様、小夜様、オレに任せてください。
宇三はそういうと、懐から羽を取り出し、背中に背負った法螺貝を構え、大きく息を吸い込んだ。
ブオオオオオオオオオオオオオオッ。
霧を圧力で追い払うように、霧の周りを更に包む様に、法螺貝の音が、辺り一面に響き渡った。
カーッカッカッカッカッ。
竹を叩くような、木を叩くような甲高い笑い声と共に、北から風が吹いた。
そして、風に乗り、つぶてを纏い、羽の生えた人型が現れた。
河童がいるのなら。
天狗もまた、然り。
河童が川から上がるなら。
天狗は山から下る。
川と山は共存なれど、明らかに別の境界でもある。
村人達が怯えていた故だろう。
河童と天狗がどう争い、河童が退散したかは、詳しく伝わってはいない。
ともあれ、天狗の参上で村は絶滅の危機を免れた。
東次郎は、天狗の知恵を借りて、大崎川の周りに木を植え、結界を張り、五体の主たる河童の石像を作ることで、河童の妖力を封じ込めた。
千沢の村は、天狗の恩を忘れず、その後も幾度となく訪れた河童の害を退けたという。
ただ、天狗もただでは動かなかった。
村からは、15年に一度、村一番の器量よしを、15を過ぎると、入羽の山に入山させたという。
天狗の嫁として。
それが、天狗が宇三に伝えた、加勢の条件だったそうだ。
それは、戦前まで続いていたそうだ。
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