御伽噺 靄に響
当然驚いて、遠巻きにしていた村人は皆一様に後ずさった。
その場で腰を抜かす者もいた。
だが、馬の後ろ脚から転がり出てきたモノは、ピクリとも動かなかった。
良かった、馬が河童の子を産んだのではなさそうだ。
そう思った。
だが。
良くはなかった。
もっとひどい話だった。
落ち着いて見ると、馬の後ろ脚から転がったモノは、人の頭だった。
村人に覚えのある顔ではない。
武者のうちの誰かだろう。
若い衆で勇気のあるのが一人、よく見ようと馬に近づいた。
若者は、馬の腹が妙に膨れているのに気づいた。
そこで、さらに近づくと。
何と言う事だ。
まさに、鬼畜の所業。
可哀そうに、馬の腹は縦に裂かれ、そこから長い髪が垂れていた。
若者が思わず立てた悲鳴に、怖いモノ見たさで男たちは馬に近づき、手を合わせてから裂けた腹を棒で開いた。
この世で地獄を見るとすれば、その光景だった。
裂かれた馬の腹の中身はどこへやら、代わりにみっしりと人の頭頭頭。
どれも酷い有様だが、面影でも見知った顔がないからには、おそらく国府の武者達だろう。
村人たちは、武者の怨念が残らないように、綺麗な水で一つ一つ洗い、首塚を設けた後で、荘園主の屋敷に戻った。
荘園主は、どうするのかと村人たちに詰め寄られたが、どうしようもない。
国府に送った二の使者が戻るのを待たず、次の使者を送った。
そうして、村の入り口に石や木で壁を作り、落とし穴を掘った。
どれもこれも気休めだ。
国府の武者30人でどうしようもないのだ。
だが、何もしない訳にはいかなかった。
そうして、使者の帰りを待った。
いつもなら、適度な雨を祈る時期だが、その年は、毎日晴れを祈った。
河童が来るのは雨の日。
それは経験から身に染みて分かった。
一晩、二晩。
六日目まで村人の祈りは通じたが、七日目。
今日こそは、国府から神通力を持った神官を連れて、使者が帰ってくるに違いないと遠くを物見、夢見る荘園主の目に映ったのは、見間違えようもないほど分厚い、雨雲だった。
村人たちは、前回同様、荘園主の屋敷の周りの家々に集まり、いざとなれば入羽の山に逃げられるように、食料や家財を集め、段取りを組んだ。
陽が暮れて、落ちて。
雷が鳴り、雨粒が落ち始めた。
雨は地面に落ち、跳ねると霧に変わった。
村は再び濃霧に覆われた。
どがっ、どがっ。
村の入り口に築いた壁を、叩き壊す音が、霧の中で響いた。
次に、村の入り口付近の家々で飼う、馬の、牛の、鳥の嘶き。
それもやがて静かになり、ずしゃ、ずしゃ、という聞いたことも無いような音が、村の奥に近づいてきた。
しかも、音は一つ二つではない。
いよいよ。
いざとなれば、村の裏道から山に逃げる手筈だったが、濃い霧に囲まれたせいか、すでに気力を奪われたか、誰もその場から動けず、或る者は立ったまま微動だにせず、或る者は震えて膝を抱え、或る者はまるで天界の鎧ででもあるかの様に、使い古した布団にくるまった。
クケケケケケケ。
おおよそ人の物とは思えない、小馬鹿にしたような奇妙な笑い声が、荘園主の屋敷の四方から聞こえた。
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