御伽噺 国府の武者

 これ以上川原にいるのは怖ろしいと、子を持つ親から順に、人々は、子吉の頭と、誰のか分からぬ奇妙な腕だけ持って村へと引き上げ、荘園主の屋敷に集まり、今後の事を相談することにした。

 荘園主が子吉の頭に手を合わせた後、顔を布で覆い、口に咥えた和紙を引き抜き、開くと、中には血文字で文章が書かれていた。

 「この辺り一帯は、海に届くまで我らが一族の物なり。土足で犯す馬鹿者どもに物申す。皆殺しの憂き目を見たくなければ、三月に一度、牛馬5頭、鳥20羽、老いた一人と、若いおなご一人を、霧のある日に川原におくべし。さすれば、長きに渡り、土地を貸し、栄世を与えん 六千坊河童」

 人か物の怪かと噂はしていたものの、本当に妖怪の類だとは!

 村人達は驚くと共に、絶望に陥った。 

 とうてい飲める話ではない。

 ないが。

 どうにかしようにも、知恵の出しようもない。

 とりあえずは、と荘園主は国府へ二の使者を送り出した。

 国府も相手が誰か分かれば、高僧なり陰陽師なりを差し向けてくれるのではと、淡い期待を込めて。

 それから更に三日は晴れていた。

 次の日。

 昼過ぎから雲が出て、辺りには不穏な気配が漂い始めた。

 来る。

 間違いなく。

 村人たちは、荘園主の屋敷を中心に、村の奥、川からなるべく離れた家を選び、寄り添い合うように隠れた。

 ドカッドカッ。

 川の向こうから音が村に近づいてきた。

 すわ、河童がついに村まで来たか、そう悲観して、泣き崩れる者あり、叫ぶ者ありの阿鼻叫喚。

 中には勇敢な者もいて、このまま怯えて死ぬよりは、と飼い犬を連れて表に飛び出して行った。

 しばらくして。

 飛び出して行った者達が、笑顔で叫びながら戻って来た。

 国府の武者が助けに来たぞ!

 騎馬武者が川に向かったぞ!と。

 村人達の顔は、笑顔で溢れた。

 やがて、雨足が強くなり、それと共に霧が濃く、深く村を包んだ。

 村人は不安もあったが、昨日までよりは安らかに眠った。

 見て来た者の話では、国府の鎧武者は30騎ばかりの荒武者で、鎧兜はもちろん、手に得物、腰に大太刀、背に弓矢という、物々しい出で立ちであったという。

 あれだけの武者揃いならば、河童の一匹二匹に負ける訳がない。

 当然期待した。

 なぜならば、この期待が裏切られたら絶望しか残らないから。

 明くる日。

 北の入羽山から吹く風に、霧が運ばれていった夜明け。 

 雲はまだ天の半分を覆っていたが、時折陽が差す空模様。

 期待しただけに、箱の中身を開けなければならない。

 鬼と出るか、蛇と出るか。

 そう、つぶやき屋敷から出ようとする若い衆を、荘園主はきつい口調で叱った。

 滅多なことを言うもんじゃない。どちらにしても、悪い目じゃないか、と。

 叱られた男は、縮こまりながら、どうせなら蛇の方がましだ、となおも呟いた。

 男の期待は、裏切られた。

 村の入り口には、国府の武者の乗馬と思われる馬が一頭、ぽつん、と所在なさげに、置物の様に佇んでいた。

 飼い主たる武者がいない。

 何かの罠か。

 村人達は恐る恐る囲む様に馬に近づいた。

 馬は涙を溜めた、悲しい目をしていた。

 一人の若者が、馬の腹を棒で突くと、馬は前脚を折る様に座り込み、そのままどうっ、と横に倒れた。

 すると、馬の後ろ脚の間から、馬が何かを産み落とした。

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