御伽噺

 今から千二、三百年昔の事。

 川のそばの便利で肥沃な土地に魅せられて、人が移り住み、村が出来た。 

 辺り一帯、綺麗な池があり、村は千の沢、千沢と名付けられた。

 それが、今の千沢市だ。

 人が住むようになって1年経ったある日。

 5月の終わりだったという。 

 霧の深い夜に、悲劇は起こった。

 人目を忍んでの逢瀬を楽しもうとした若い男女が、行方不明になった。

 村人が気づいたのは、嘘の様に晴れた次の日の朝。

 村一番の早起きで知られる周作爺が、飼っている馬に水を飲ませようと、川に行ったとき。

 両脇を森に囲まれた道中で、まず、髪の毛の束を見つけた。

 その時はもちろん、髪の毛とは分からない。

 ただ、どうみても、獣の毛には見えなかった。

 しかも、妙にぬらぬらと濡れている。

 気味が悪いので、馬が鼻づらで毛の束の匂いを嗅ぐのを、無理に引っ張って川に急いだ。 

 森を抜け、川の土手に出ると、土手の上の岩が、赤黒く塗れているのに気づいた。

 しかも、ところどころ、肌色とも、白色とも見える物体が付いている。

 またも、馬が顔を寄せるのを、無理に引きはがし、川原へ降りた。

 そして、ついに。

 動かぬ物を見つけた。

 文字通り、もう、動かない、人の腕を。

 腕は、半分川に浸かり、手が、しがみ付くように、川原の石を掴んでいたと言う。

 話はそれで終わらない。

 村から若い2人が消えたことで、村は恐怖に襲われた。

 無理もない。

 獣か、もののけの類か。

 ひと2人が一晩で殺されたとあっては、夜もおちおち眠れない。

 そこで、荘園主と村人は相談の上、国府に助けを求める使者を出し、国府の長官が検非違使なり鎧武者なりを遣わせてくれるまで、毎晩10人の男が、見張りに立つことにした。

 国府まで、行って帰ってで、十日余り。

 短くはないが、やれぬことはない。

 一晩、二晩、何事もなく、その惨劇は三日目の晩に訪れた。

 その日は朝から雨だった。

 陽が落ちてから、雨は強くなり、夜半に霧へと変わった。 

 10人の男は、10代~60代まで幅広かったが、その中で一際体格の優れた、男がいた。

 名を、宇三(うぞう)と言った。

 宇三は、霧の日に殺されたと思われる二人の内の男の方、太一の弟で、まだ15歳のわりに、勇気と正義感、それに兄を殺した「なにものか」に対する怒りで溢れていた。 

 十五、だからかもしれない。

 ともかく、宇三含む10人の男がその日の寝ずの番だった。

 雨に霧では火は使えず、已む無く真っ暗な中、手に手に得物を持ち、藁傘を被って、村の出口から川への道を、何度か往復していた。

 そして、翌朝。

 10人は、川に向かったまま、戻っては来なかった。

 川原の周りは、無残極まりなく、地獄の川原さながらだったという。

 岩々に肉片が飛び散り、人骨が地面に刺さり、川原は赤く染まっていたそうだ。

 ただ、人の物らしい肉片や、手足の一部に混じって、奇妙な緑色の、水かきの付いた手も見つかった。

 一体、何事かと村人が総出で恐る恐る辺りを検分すると、何かを咥えた人の頭部が、川近くの岩の上に置かれているのを、周作爺、正しくは、周作爺の馬と犬が、見つけた。

 それは、子吉と呼ばれる独り身の無口な農夫の頭だった。

 両目は潰され、頬には鋭い刃物による切り傷、左の頭が陥没していた。

 子吉は、丸めた和紙を咥えていた。

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