小雨降る 昼下がり
「ああいうの何て言ったっけ。立てばまいやん、座れば祐希。歩く姿は齋藤飛鳥?」
隣で岩舘が言い始めた。
「違う。立てばガッキー座ればまさみ、歩く姿は綾瀬はるか、だろ?」
少し後ろで赤坂が言った。
「あれだね。赤坂の例えは常に世代のギャップを感じるね」
「ゴールデンウィーク中、邦画ばっかり見てたからなあ」
「そういう問題でもないな」
「じゃあそういう才蔵のおすすめはなんだよ」
「立てば波留、座れば里穂で歩く姿は永野芽衣」
「あんま変わんなくね?」
「ああ、みんなカワイイな」
「ああ、可愛い。みんなカワイイ。でも、今は怜悧だ」
そう、怜悧。
今、目の前を、具体的に言うと、50メートルほど先を、家の方に向かって歩いている幼馴染。
ほんとは、下足箱のところか、校門の辺りで、傘を忘れたふりして同じ傘に入れてもらう予定、というか作戦だったが、まあ、無理だった。
今は、なぜか岩舘の傘に入っているという、とても悲しい状況だ。
まあ、しょうがない。
家まではまだ15分ほどある。
大崎川の橋の手前で、岩舘と赤坂と別れて、雨の中、ダッシュで怜悧に追いつき、傘に滑り込む。
更新された最新の作戦はそれだ。
それだったら、まあ言うてかなり自然だし、大崎川の土手には、別れた2人が隠れる木も沢山ある。
知らない誰かに見られたら恥ずかしいが、この2人なら勇気というか、やらなくちゃいけない感があって、ボクのようなヘタレには、見られている方が都合がいい。
「そういえば、知ってるか?」
赤坂が後ろから話しかけて来た。
「知らない。何を?」
「例の行方不明の話」
「行方不明?」
「ああ、あれな。体育の吉津が言ってたな」
横で言った岩舘に聞く。
「いつ?」
「保健体育の授業中」
「そんなん言ってたっけ?」
「才蔵、ほんと何も聞いてないよな、人の話」
赤坂が溜息と共に言った。
「悪かったね。しょうがないじゃん、最近、怜悧のことで頭いっぱいなんだから。で、何の話?」
少し後ろを振り返って言う。
後ろで赤坂が器用に片手で眼鏡を、制服のワイシャツの袖で拭きつつ、裸眼の目を細めながら言った。
「最近、市内で女子中学生が2人、女子高生が3人、行方不明なんだって」
「マジ?」
ボクの問いかけに、隣の岩舘が答えた。
「まじらしいよ。うちの学校じゃなくて、市内じゃなくて県内って言ってたけどな」
「ええ?そんな行方不明とか、あんのかなあ?今の世の中」
疑問に赤坂が答える。
「今の世の中だからじゃない?よくニュースでやってんじゃん。家出したかと思ってたら、ネットで知り合った男に監禁されてたとか」
「ああ…まあ、見るね。でも、それって東京の話じゃね?」
「いや、そうとも限らんでしょ。地方の都市でもけっこういるみたいだぜ。才蔵、ニュース見ろよニュース」
岩舘が柄にもない事を言った。
「怖いな」
ボクが霧で見え隠れする怜悧の後ろ姿を見ながらなんとなく呟くと、赤坂が言った。
「まあ、自分で勝手に行くのはともかく、県内だか市内だかの行方不明の女子中高生は、みんないい子で、家出とかそんな感じでもないらしいよ」
「ふうん。じゃあ、ガチの行方不明。拉致とかそんなのかなあ」
身近でそんなことが起きるなんて想像し辛いが、なんとなくうすら寒い話だ。
ブルッ。
宙に浮きながらまとわりつく様な小雨で体が濡れたせいか、寒気を感じた。
学校を出るまでは、雨粒が見えたのが、今はもうほとんど霧に近い。
あんまり見ないクリーム色した濃い霧だ。
50メートル先の怜悧が、ぼんやりとしている。
これはまずい。
見失う訳にはいかない。
今日やらなければ、多分、もうやれない。
昔から、そういう予感は良く当たる。
しかも、たいがい、あの時やっておけば、そう後悔する。
だから。
「おい。少し近づこう」
早足になった。
「それはいいけど…ここどこだ?」
赤坂が言った。
「えっ?三橋の辺りだろ?」
岩舘が不安そうに答えた。
その気持ち、分かる。
いつも通っているどころか、生まれ育った街なのに、なんだか見慣れない景色だ。
霧のせいか?
商店街を抜けるまでは、普通だったんだけど。
女子中高生の行方不明者の話をしている間の道の記憶がない。
今は、周囲に建物の影が見えない。
なんだか、ホントに嫌な予感がして、怜悧を見失うまいと小走りになった。
下手すると、こんな霧の中じゃ、距離感も分からず家に着いてしまう。
怜悧が家に着いたら、ジエンド。
怜悧の家に上がり込み、信之おじさんと泰子おばさんの前で、ついでにケダマと呼ばれるポメラニアンの前でデートに誘う?
みんなも冷静に考えて欲しい。
無理。
怜悧の背中が見えてきた。
怜悧の前に人影が立っているのがぼんやり見えた。
もちろん、後で人影ではない、と分かる訳だが、まあ、人の形はしていた。
一応。
その時は分からなかった訳で、ボクは完全に走った。
さっき、行方不明者の話を聞いたこともあるし、また、こういう機会があったら、やろうと思っていたのだ。
つまり、怜悧に告る不届き物が現れたら、颯爽と参上して、怜悧の前に両手を広げて立とうと。
今、思い返してみて。
もし、あの時怜悧の行く手に立ちふさがったのが、人ではないと知っていたら、ボクはどうしていただろうか。
それでも、まあ、走ったと思う。
周りが思う以上に、ボクは真剣に怜悧が好きだから。
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