小雨降る

 ”時は今 雨がしたたる 五月かな”

 物語を始めるなら4月だが、何かを決意するなら5月だと、信之おじさんが教えてくれた。

 信之おじさんにしても、まさか、ボクが怜悧をデートに誘おうと思ってるとは、考えていないだろう。

 いや、考えてるかな。

 信之おじさんは、のんびりしてるように見えて、結構鋭い。

 いろんなことも知ってるし。

 さすがはお医者さん、と時々思う。

 怜悧とは、ここ3年疎遠になっているが、信之おじさんとは今でも将棋仲間だ。

 勝率は7、3てところ。

 どっちが7割かは言わない。

 今に見てろ、言えるのはそれだけだ。

 5月も終わりに近づくと、さすがに焦る。

 将棋の話じゃない。

 河童祭りの話だ。

 何と言っても、河童祭りまでは2週間ちょっと。

 ゴールデンウィーク明けから、岩舘と赤坂相手にトランプしながら作戦会議してた訳だが、いっこうに具体案はなく、有っても、河童祭りに突入してからのことばかり。

 やれ、河童祭り中に手を握れ(赤坂)、だとか、好きなアイス奢るから屋台を端から端まで歩くのに付き合ってくれ(赤坂)だとか、山車に気を引かれている怜悧の真後ろをキープして、山車に夢中なフリして無邪気お尻を触れ(岩舘)だとか、よく見えないでしょ、支えてあげるといいつつおっぱい触れ(岩舘)とか、そんな案ばかり。

 くだらない。

 そこら辺のことは、もうセルフシミュレーション済みの話だ。

 ボクが相談してるのは、いつ、どこで、河童祭りに誘うかの件について。

 そういうと、やつら途端にやる気をなくす。

 岩舘は「そんなん、ガーって行ってドカーンとやっておっぱい揉んだ後誘え」とか訳分かんないことを言う。

 一瞬真面目に考えたが、やっぱりおっぱいは祭りの最中か、後だろう。

 赤坂に到っては「まずはアイスを奢れ。話はそれからだ」と丸眼鏡の奥で目をキラキラさせながら言う。

 赤坂の体は、アイスで出来ていると思う。マジで。

 今日は朝から小雨が降っていて、昼休みの学食が異常に混んでいたから、パンだけ買って、ソフトボール部の部室で食べた。

 ソフトボール部は廃部寸前だったのに目をつけて、3人で入部した。

 部員は全学年合わせて7人。

 ソフトバールはやったことないけど、全然足りてないのは分かる。

 一年のボクらでも多数派だ。

 先輩たちは、みんないい人だ。

 ほとんど会わないけど。

 ともかく、学校の中に居場所があることはいいことだ。

 パンを食べながら、そろそろ真剣に悩んで欲しいと、2人に訴えた。

 赤坂はアイスを齧っている。

 もちろん、ボクのお金だ。

「またその話かあ」

 岩舘が、仰け反りながら、キノコみたいな頭を撫でつけた。

「いやいやいや、結論が出ないからまたその話になるんだろうが」

 ボクが言うと、岩舘は目を細めてボクを見た。

「才蔵よお」

「ん?」 

「ぶっちゃけお前次第なんだから、さっさと告って諦めろって。いくら幼馴染でも、もうその地形効果はほぼ無効だっつーの」

「は?告るんじゃなくて、河童祭りに一緒に行くって話だっつーの」

「でも、付き合いたいだろ?」

「まあ…」

「無理だって。今まで何人死んでるか知ってるのか?ちょっと自信のあるやつから、自意識過剰のやつも含めて、対羽陽戦における死者の数は、下手したらこの学校の半数は行くぜ?」

「いや、そこまでは行かないだろう?」

「分かんねって。数学の佐藤とか、国語の阿竹とか、先生ですら、ヤバいって話だぞ?」

「ええええええ、マジか?」

「マジ。その内、近くの高校のやつも校門で待ち伏せるぜ?そしたら、そもそもお前が近づくのすら困難になるぞ?だから行っとけ。今のうちに。なんなら今日」

 ボクは黙り込んでしまった。

 確かに。

 今の怜悧のオーラだったら有りうる。

 一生の思い出に、土下座からストーキングまで、あらゆる手段でアプローチしてくるやつらが出てくるかもしれない。

 そういうのなんて言った?

 そこに山があるから?

 違うか。

 ボクが黙り込んだおかげで部室が静寂に包まれた。

 雨の音が微かに聞こえた。

 アイスを食べ終えた赤坂が言った。

「雨か…今日だな」


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