第214話
「まぁ、とりあえず今日はここまでにしよう、お前も疲れて動きが鈍くなってるぞ」
「は、はい……」
「よし、起き上がれるか?」
「だ、大丈夫です。先にシャワー行っててください」
「そうか、ならそうするわ」
竹内さんはそう言って、先にシャワールームに向かった。
残った俺はその場に倒れ、空を見ていた。
「はぁ……疲れた」
まぁ、一人で動けなかった初日に比べれば大分マシだとは思うが、まだまだだ。
このままじゃ敵の居場所に乗り込んだとしても力不足でまた死にかけるかもしれない。
まだ俺には何かが足りない、もう少しで掴めそうな何かが……。
「あ、あの……」
「え? あ、城崎さん」
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ全然大丈夫だよ」
俺は起き上がって、城崎さんに手を振る。
どうやら城崎さんは今から帰るところだったらしく、私服姿だった。
「今帰り?」
「はい、今日はもう終わりました。島並さんは竹内さんと稽古ですか?」
「あぁ、見事にやられたよ」
「……」
城崎さんは俺の近くに来て話を聞いて居た。
俺が笑いながらそんな話をすると、彼女はなんだか不安そうな顔で俺を見てきた。
「あの……本当に危ないことはしないでくださいね」
その言葉が俺の胸にぐさりと突き刺さる。
「あ、あぁ大丈夫だよ」
俺は彼女に嘘をついている。
しかも彼女は俺を好いてくれていて、本当に俺の身を案じてくれている。
だからこそ、この嘘は心苦し掛かった。
でも、これで最後だ。
これが終わったら、もう危ない真似はしない。
俺は自分の胸にそう誓っていた、
だから今だけはと俺は彼女に嘘をつく。
「どう稽古は? 茜さんも父さんもわかりやすく教えてる?」
「はい、でも茜さんは……」
「どうかしたの?」
「いえ、大島君と悟君にすごく厳しくて、毎回死にそうになるまで稽古を……」
「あの二人に何か恨みでもあるのか……」
余計な事でも行ったのか?
そう言えば茜さんって他の門下生への指導って初めてだった気が……。
指導方法がわかってないとかか?
「父さんの方は?」
「あ、師範代の教え方は分かりやすいです。自分の癖や特徴も教えてくれて」
「そっか……」
俺じゃなくてもこの道場にはたくさん指導者がいる。
この三人は俺が育てるなんて思っていたけど、もっと適任な人はたくさんいるか。
「で、でも……」
「ん? どうかした?」
「あ、あの……私は島並さんに教えてもらう方が良いです……」
城崎さんは頬を赤く染めながら俺にそう言った。
どんな意図でそう言ったのかは分からなかった。
でも、俺はその言葉が嬉しかった。
どんな形でも自分が必要とされているとわかったからだ。
「そっか……ありがとな」
俺は立ち上がり、そんな事を言いながら城崎さんの頭を撫でる。
そこで俺は自分が今、汗を搔き泥まみれな事に気が付く。
「あ! ごめん!! 折角着替えてシャワーも浴びたのに!! 汗臭かったか?」
「い、いえ……あ、あのそれよりも……もっと撫でて欲しいです……」
「へ?」
「あ、いえ! な、なんでもないです!! あはは……」
彼女は顔を真っ赤にして笑いながらそう言った。
「あぁじゃぁ、俺はそろそろシャワー浴びてくるよ。汗臭いままだとあれだし」
「そ、そうですか……」
「気を付けて帰るんだよ」
俺は城崎さんにそう言ってシャワー室に向かおうとする。
しかし、そんな俺の腕を城崎さんが掴む。
「え? ど、どうしたの?」
「あ、あの……私の気持ちは変わりませんから!」
「え……」
城崎さんはリンゴのように真っ赤な顔して俺にそう言い、そのまま道場を去って行った。
俺はその言葉の意味を昔なら理解できなかったと思う。
しかし、無人島でのことがあり、俺は彼女の言葉の意味を理解した。
だからこそ、俺は彼女に嘘をついている今の自分が心底嫌いだった。
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