第213話
*
「今日はここまでだ」
「いえ、まだ……大丈夫です」
「無理するな、もう限界だろ?」
「いえ、あと少しで何か……何か掴めそうなんです」
竹内さんとの稽古を始めて三日、俺は次第に稽古に慣れ始めていた。
背後からの攻撃にも慣れ、後ろにも意識が集中するようになっていた。
しかし、まだ強くなったとは言えない。
まだ、足りない、もっと精神を集中し神経を研ぎ澄ませる必要がある。
「……仕方ない、良いだろう」
「ありがとうございます」
「お前の成長速度は速い、持って生まれた才能なのか、それとも体質なのか……だからお前に教えるのは楽しいよ」
「それは皮肉ですか? それとも誉め言葉ですか?」
俺なんかよりもずっと成長速度の速い竹内さんにそう言われてもあまりうれしくない、
「まさか、素直に褒めてんだよ。ま、でも俺には及ばねぇけどなって、付け加えようとしてたんだよ」
「……それはどうも!!」
不意を突き、俺は竹内さんの顔目掛けて拳を振るう、しかし当たったと思ったその拳は空を切り、俺はそのままバランスを崩し倒れそうになる。
すると、そんな俺の隙をついた竹内さんが俺の顔を下から上に殴り飛ばす。
「あがっ!」
「まだまだだな、まぁ不意打ちは良かった」
倒れる俺に竹内さんは涼しい顔でそう言った。
しかし、このまま終わってはいつもと一緒だ、俺は直ぐに立ち上がり今度は竹内さんに蹴りを入れる。
「切り返しは早くなったな」
「なっ!」
竹内さんは俺の攻撃を指で止め、もう片方の手で俺の足を掴んで投げとばす。
「うわっ!」
俺はそのまま地面に倒れた。
自分が成長しているのかこの人と稽古していると時々分からなくなる。
この人の実力は俺の遥か上を行き過ぎている。
「切り返しが早くなってるのは良いぞ、もっと反応速度を上げれば俺のカウンターをよけれるはずだ」
「簡単に言いますね……」
稽古をして三日、自分の実力をどれだけ見誤っていたのかが良くわかった。
今日の稽古を始めてもう5時間以上経過している、俺の道着はもうかなり汚れているのに、竹内さんの道着は洗い立てのように綺麗だ。
それどころか、竹内さんはあの場所からあまり動いていない。
すべて俺の攻撃を一か所で対処している。
「化け物かよ……」
「俺なんてまだまださ、師範代や師範は俺以上だし、この道場以外にも俺より強い奴は世界に何人もいる」
「……じゃぁ、やっぱり……俺は強くならないとですね……」
「なんだ平斗? お前この前負けたのが悔しかったのか? それともあのお嬢様に惚れたか?」
「なんでそうなるんですか、そんなわけないでしょ?」
「まぁ、そうだよな。お前に彼女とかあんまり想像出来ねぇし」
「………や、やっぱりそうですか?」
「ん? なんだよそんな顔して……お前まさか!」
「いや、ち…違いますよ!! 彼女とかが出来たとかじゃないですよ!!」
「嘘つけ! なんだその意味深なリアクションは!! お前さては兄貴分の俺を差し置いて!!」
「いや、だから違いますって! それに竹内さんこそ山之内さんと良い感じなんじゃないですか!?」
「え? 山之内? なんで山之内が出てくるんだ」
あぁ、どうやら山之内さんの思いが竹内さんに届くのはまだまだ先の話らしい。
「はぁ……別になんでもないです。ただ竹内さんも案外鈍感ですよね」
「俺のどこが鈍感なんだよ、結構流行とかには敏感だじ、人間関係にも気を遣う方だぞ」
「気を遣うんなら、この前の無人島旅行も来てくださいよ」
「ん? なんでそうなる?」
「……なんでもありません」
俺も竹内さんの事を悪く言えないが、鈍感な人って結構面倒かもな……。
俺もこれから気を付けよ。
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