第209話



「はぁ……」


「どうしたの瑠華ちゃん、ため息なんてついて」


「あ、茜さん……ちょっと色々あって……」


 夏休みも終わりに差し掛かかり、もう一週間もしないで学校だという日の夕方。

 私はいつものように道場に来て稽古を受けていた。

 でも、稽古の相手はいつもの島並さんではない。

 師範代と茜さんが島並さんの代わりに稽古をつけてくれていた。

 稽古が終わり、シャワールームでシャワーを浴びていると茜さんに声を掛けられた。


「なに? 平斗の事?」


「ま、まぁ……なんで島並さんは私たちの指導から離れちゃったのかなって……」


 本当は私があの旅行で告白したからなのかなと考えたりしていた。

 もしかしてたら私と距離を置こうとしているのではないだろうかと。

 

「あぁ、平斗なら竹内さんと稽古してるよ。なんか鍛え直してもらうって言ってたけど……なんでいまさらそんな事をするんだかね?」


「え? 竹内さんとですか?」


「そうよ、まぁに平斗に稽古をつけるなんて竹内さんか師範代くらいしかできないからね」


「あの二人、一体どんな稽古してるんですかね」


「うーん……タイヤでも引いてるんじゃない?」


「そ、そんな古い方法で稽古しますかね……」


 でも、確かになんでそんな急にそんな事を?

 私と顔を合わせるのが気まずいだけだったら、そんな事しないはずだし……。

 もしかして、島並さんまた何か危険な事を……。


「ねぇ、薄々思ってたんだけどさ」


「え? なんですか?」


「城崎さんて……平斗の事好き?」


「え? あ、いや……そ、その……」


 突然の質問に私はアタフタしてしまった。

 なんで気づかれたんだろう?

 そんな感じ一切出していないつもりだったのに……。


「……私もだから何となくわかるんだよ」


「え……」


「あいつ、いつもはあんなだけど………いざとって時は頼りになるし……まぁ、惚れるのもなんとなく分かるよ」


「………怒らないんですか?」


「同じ人を好きだからって、私は別に目くじら立てて怒ったりしないよ。でも……負けないよ」


 茜さんはそう言いながらニコッと私に笑って見せた。

 ここの人たちは良い人ばかりだ。

 だから私は時々不安になる、この道場の人たちに甘えすぎてるのではないかと……。


「はぁ……でも瑠華ちゃん相手は厳しいなぁ……」


「そ、そんな事ないですよ! わ、私なんて全然……」


「頭も良いし、顔も良いし……しかも家はお金持ち……なんか私との差が……」


「で、でも島並さんはそんな理由で付き合う人を選ばないと思います!!」


 そう言うと茜さんは私の頭を撫で笑顔でこういう。


「良く見てるじゃん。瑠華ちゃん、私も負けないからね」


「……はい」




「よし、平斗今日はここまでだ」


「……あ、ありがとう……ございました」


 俺は地面に倒れながら、残った体力で竹内さんにそう言った。

 初日でここまでやられるなんて。


「はぁ……はぁ……」


「平斗、お前の課題は後ろだ」


「……う、後ろ?」


「あぁ、お前は注意が前方に偏りすぎている。もっと後ろにも注意を向けろ」


「……はい」


 やっぱりそこを指摘してくるか。

 自分でもそれは分かっていた、だから竹内さんは途中から後ろからの攻撃を重点的にしたんだろう。

 

「あと、お前の言う緊張感は身に着けられそうか」


 正直、この人とやっている時は恐怖しか感じ無かった。

 しかし、感覚はつかめた。 

 だが、俺はまだ恐怖で体が動かなくなる。

 これから俺はその恐怖に打ち勝ち、即座に対応できるようにしなければならない。


「……はい……明日も……よろしくお願いします」


「おう、じゃぁシャワー浴びに行くぞ」


「は、はい……すいません」


 竹内さんはそう言って俺を持ち上げ、シャワールームに俺を連れて行ってくれた。

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