第159話

「いえ、貴方は十分信頼に足る人物です。ここ数日間見ていましたが、友人の方々からの信頼も厚いようで安心しました」


「そうかよ」


「報酬は一日以前の倍の額を支払います、それでいかがでしょうか?」


「お断りだ」


 決まっている。

 俺は人の命を守るなんて重大な仕事を受けられる年齢じゃない。

 それに、俺はあのお嬢様を危険に晒してしまっている。

 正直、今の俺ではあのお嬢様を守れる気がしない。

 竹内さんとの稽古でもわかった。

 俺はまだまだ弱い。


「他をあたってくれ、俺はそんな重要な仕事は引き受けられない」


「そうですか……」


 意外とあっさり諦めたな……。

 なんて事を考えた俺だったが、彼女は諦めてなどいなかった。

 彼女は帰ろうとする俺の目の前に立ちはだかり、静かにこう言った。


「引き受けていただけないのであれば、力ずくで……」


「なっ!」


 それは一瞬だった、彼女は俺の腕を掴み、そのまま地面に投げ飛ばした。

 俺は咄嗟のことで反応出来ず、そのまま地面に大の字で倒れる。


「あがっ!!」


「あら? 思ったより弱いですね……」


「な、まさか……アンタ……何者だ!」


 俺は驚きを隠せなかった。

 メイド、しかも俺よりも一つ二つ年上の女性に投げ飛ばされるなんて思っても見なかったからだ。

 しかも投げ飛ばしたのはあの屋敷でロクに仕事もしていないメイドさんだ。

 ショックと驚きが同時俺の脳を支配した。


「このお仕事は貴方が成長するためにも良いお仕事だと思います」


「……何が言いたい」


「単刀直入に言います……さっさとお嬢様に恋心を抱いて身分差の恋に発展しなさい!!」


「いや、そこ!?」


 思わず大声でツッコんでしまった。

 てか、やっぱりこの人変わってる。


「そこに決まってます! 私はそういうの大好物だと言ったはずです!」


「いや、なんかそこは別な意味があるだろ!」


「ありません! 良いからこの仕事を受けなさい!」


「もう、アンタ本当になんなんだよ!」


「美人メイドです!」


 あぁ、もうホントにこの人はわからん。

 しかし、あの俺を投げた力……恐らくだはどこかで体を鍛えていたに違いない。

 そうでなければ俺が投げ飛ばされる訳がない。

 まぁ、一部の怪物急に強い人たちを除いてだが……。


「はぁ……わかりましたよ、受ければ良いんでしょ?」


「そう言ってもらえると助かります、それでは後ほどメッセージで詳細をお伝えいたします」


「はぁ……わかったよ。うちの両親にはそっちから言ってくれ、一応危険なことはしないように言われてるんでな」


「わかりました、後ほど親御さんにご説明に向かいます」


 そう言って山ノ内さんは帰って行った。

 一体何だったんだ?

 正直、バイトのことやお嬢様を狙う犯人よりも今は山ノ内さんのことしか考える事ができなかった。


「あの力……あの人は本当にただのメイドなのか?」


 お嬢様の専属メイドだから基本的な護身術くらいは身につけているかと思ったが、あれは護身術なんてもので見につく力じゃない。

 

「まさか、竹内さん以外の人に投げ飛ばされるなんて……」


 正直俺はショックだった。

 しかも相手は女性。

 ショックも二倍だ。


「……帰って自主稽古でもするか」


 俺はそんな事を考えながら、早足で家に帰った。

 すると、家にはなぜか高級車が止まっていた。


『後ほど親御さんにご説明に向かいます』


 まさか!!

 俺は先程の山ノ内さんの言葉を思い出し、急いで家の中に入った。


「息子さんを下さい」


 どうやら遅かったようだ。

 リビングでは山ノ内さんがうちの両親を目の前にして、なんとも意味深な言葉を言っていた。

 うちの両親も口を開けてぽかんとしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る