第152話

 竹内さんは焼き肉を奢ってくれた。

 大会での賞金がまだ余っているらしく、遠慮なく食えと言われてしまった。

 いくら遠慮なく食って良いと言われても、人の奢りだと少し遠慮してしまう。


「お前、背中は大丈夫なのか?」


「え? あぁ、はい。刺された傷はもうなんとも」


「そうか……災難だったなぁ」


「まぁでも、俺が巻いた種ですから」


「しかし、背中を刺されるなんて、お前もまだまだだな」


「なんですか、強くなったって言ったり、まだまだだって言ったり」


「まぁ、要するにお前はまだまだ未熟ってことだな」


 竹内さんは笑いながらそう言った。

 未熟か……それはわかっている。

 いや、わかっているつもりだった。

 心のどこかで俺は強いんだ、そこら辺のチンピラには負けない実力を持っていると思っていたのも事実だ。

 それがあの事件を起こしたかと思うと、やっぱり俺は人としても武道家としてもまだまだ未熟だ。


「今度なんかあって、師範代や師範代の奥さんに言いづらかったら俺に言え、協力してやる」


「いや、竹内さんに相談したら相手の方が心配になるんで」


「なんでだよ」


「貴方はやりすぎるからですよ」


 中学生の頃だったか、俺が素行の悪そうな不良に絡まれていた時、偶然近くに居た竹内さんがやってきて、その高校生を殴り飛ばし、パンツ一丁で土下座をさせたという事件があった。

 流石にあそこまでやられると助けられた方も引いてしまう。


「まぁ、でも……両親に迷惑は掛けるな」


「……はい」


「あの人たちはお前の本当の両親じゃねぇ、でも本当の両親以上にお前を心配している。だから無茶ばっかりするんじゃねぇぞ」


「………はい」


 こういう真面目な話をする時の竹内さんはいつものおちゃらけた感じと違って真剣だ。

 恐らく、今日俺を飯に誘ったのもこれを言うのが目的だろう。

 村谷の事件と今回の事件、俺はどちらも両親に迷惑を掛けてしまっている。

 怒られて当然だ。


「さて! 説教はこのくらいだ! ほれ! 食え食え!」


「はい」


 いや、迷惑を掛けたのは両親だけではない。

 この人も俺を心配して、こんな事を言ってくれたんだろう。

 本当に俺は、恵まれている。

 俺の事を心配し、叱ってくれる人が両親以外にも居るのだから……。





「えぇ!? 瑠香ちゃんと映画!?」


「はい、そうですけど?」


 翌日、俺は茜さんと一緒に朝の稽古をしていた。

 茜さんは今年受験で、夏休みはあまり稽古には来ず、家で勉強をしているので、時間の早い朝にこうして少しだけ顔をだしている。

 

「そ、それって……あ、あの……で、デートというやつ?」


「いや、ただ遊びに行くだけですよ。皆同じことを言いますね」


「そ、そう……そうなんだ……ふ、ふーん……」


「茜さん? どうしたんですか? なんか膝が笑ってますけど」


「そ、そんな事無いわよ!」


 そういう茜さんだが、膝はガクガク震え、その目は今にも泣きそうだった。


「いや、膝が大爆笑ですよ。どうしたんですか?」


「べ、別になんでもないわよ馬鹿! バーカ! バーカ!」


「いや、子供か! もう、少し休憩しましょう、全然集中出来てませんよ」


「うぅ……」


 俺はそう言って茜さんにスポーツドリンクを渡して座らせる。


「やっぱり受験が心配なんですか?」


「いや、今さっき受験よりも心配な事が出来たわ」


「今さっき一体何があったんですか!?」


「な、なんでもないわよ……そ、それよりもアンタ……」


「はい?」


「し、瑠香ちゃんのこと……どう思ってるの?」


「え? どうって?」


「いや、だから……その異性として……」


「異性として? まぁ……可愛いんじゃないですか?」


「そ、その感情はその……れ、恋愛対象してってこと!?」


「え!? いや……ただの一般論ですけど」


「そ、そう……な、なら良いわ」


 いや、何が良いんだ?

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