第110話
*
大板組、それはヤクザ業界では有名な組の一つだった。
歴史は長く、噂では明治の初めころから存在する歴史ある組だ。
そんなヤクザの事務所では今日、いつにも増して緊迫した空気が流れていた。
「やってくれたな……あの若造……」
「厄介なことになりましたね11代目。先方に連絡して早く詫びを入れに行かないと」
「あぁ、組が壊滅しかねないからな」
眼鏡をかけた老人とこわもてな男が事務所内で話をしていた。
「ことを起こしたあの若造はどうした?」
「今は病院です」
「けじめはつけさせろ、聞けばまだうちに入って一年も経たないそうじゃないか」
「へい、わかってます」
「よりによって島並の息子とは……しかも怪我までさせて……」
「しかし、あの若造も良く怪我をさせられましたね。島並の息子なら俺も見たことがありますが、化け物ですぜ?」
「あの若造、どこからかこんな物を仕入れてきたらしい」
老人はそういいながら、小さな瓶を男に見せる。
「これは……薬ですか?」
「あぁ、入手経路は不明だが筋力の増強効果がある違法な薬物だ」
「こんな物をあの小僧が? それで島並の息子に怪我を……」
「あぁ、お前はこの薬の入手経路を調べろ、わしは島並のところに詫びを入れてくる」
「親父、それなら俺も一緒に行きます」
「無用だ。あの男は詫びを入れに来た者に手を出す男ではない」
老人は立ち上がり、事務所の外に出る。
「会うのは久しぶりだな」
老人はそういいながら、準備されていた黒塗りの車に乗る。
*
目が覚めると、そこは病院だった。
眠る前にあった背中の激痛は消え、若干の違和感がある程度になっていた。
「よぉ、目が覚めたか?」
「あ? なんだお前か」
「なんだとはなんだよ」
目が覚め、声のする方を向くと隣の別途に岡崎が寝ていた。
腕や頭に包帯が巻かれており、俺よりは軽傷なようだった。
「今は何時だ?」
「夜中の23時。とっくに消灯だが、さっきまでお前の両親やうちの親父が来ていろいろしててな、この部屋だけまだ電気がついてるんだ」
「そうか……高弥は?」
「あいつは軽傷だったからな、手当の後に家に帰ったよ」
「初白や香奈は?」
「あの子たちも警察に保護された、心配しなくても今は自宅に帰ってるだろう」
「ボコボコにされてた男二人は?」
「あいつらは俺たちより重症だ、別な病室で今は寝てるんじゃないか?」
「そうか……」
何にせよ、とりあえず全員無事で安心した。
まさか、岡崎と同室で病院に入院することになるとは思わなかったが。
「あぁ、ちなみに安心しろ。今回の件は大事にならないように親父が手を回してくれてる。だが、噂は広まるだろうな」
「それは仕方ないだろ、完全にすべてをもみ消すなんて不可能だ。それでも大事にならないだけよかったよ」
岡崎とこうして二人で話をするのは初めてだ。
こいつも変わったな、昔は俺の顔を見るだけで怯えていたのに……。
「……俺のお袋な……親父が稼いだ金を持って他の男とどっか行っちまったんだ」
「なんだよ急に」
「良いから聞け。俺がまだ小学校に上がる前だった、お袋は俺に興味なんかなかったんだろうな、飯を作ってくれた記憶もなければ、何かをしてくれた記憶なんて全くない。挙句に他の男と金持ってどっか行きやがった最低の母親だった。けどな……親父は忙しい中時間を作って、俺の相手をしてくれた」
静かに話を始める岡崎の言葉を俺は静かに聞いていた。
「そんなんだから親父が母親から裏切られたって知ったとき、母親を憎んだよ。あんなに良い旦那をなんで裏切ったんだってな……そっからだった、俺は女って生き物が全員そういう平気で人間を裏切る最低な生き物なんだと思っちまった」
「だから、女に酷いことを?」
「勘違いすんな、俺が狙ってたのは学校でいじめをしてた女や、嫌がる子に無理やり売春をさせてた女だ」
「じゃあ、なんで村谷を狙った?」
「……ムカついたんだよ、あの明るい感じが……幼いころに母親が上辺で親父に見せてた笑顔にそっくりで……」
「そんな理由で村谷を」
なぜだか自分でもわからなかったが、不思議と岡崎に怒りを覚えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます