第54話

「あの……誰ですか? お兄さん」


「あぁ、まぁ気にしなくて良いよ、君たちには関係無い話しだから」


 そう言いながら、男は俺と悟の元に近づいてくる。


「ねぇ君、こいつ何か余計な事とか聞いてないよね?」


「……聞いたって言ったらどうします?」


「うーん、そうだなぁ~……残念だけどこうしちゃうかなぁ~」


 男はそう言いながら、足を上げ悟の頭上に足を持ってくる。

 男はそのまま足を勢いよく悟の足に落とそうとした。

 俺はそんな男の足を咄嗟に手で受け止めた。

「……君には関係無いって言ったよね? なんで邪魔をするのかなぁ~?」


「そりゃあ関係あるからですよ、お兄さん………俺は一応こいつの先輩なんで……」


「そっか、そっか……なら一緒に踏みつけて………あれ?」


 男は自分の体重すべてを足に掛け、俺の足ごと悟の足を踏みつけようとする。

 一般男性の体重は約70㎏ほど、この男は痩せ型だからもうちょっと少ないかもしれない。 正直、少しキツいが片手で持ってられない程ではない。

 うちの道場にあるバーベルの方が重いしな。

「お、おかしいな……なんで……」


「お兄さん、どうしたんですか? さっきまでの余裕な感じがどっかいっちゃった見たいですけど?」


「くっ……このガキ!!」


 男はそう言って、再び足に体重を掛けてくる。

 しかし、男の足は悟の頭に触れる事は無かった。

 そろそろ重たいし、この足を手からどかすか……。


「よいしょっ!!」


「うぉっ!」


 俺は思いっきり足を持ち上げた。

 すると男はバランスを崩し、そのまま尻餅をついて倒れた。

 

「もう一回聞くぞ……お前は誰だ?」


 後輩の頭を踏みつけようとした奴には敬語なんて要らない。

 俺は怒りを込めて男にそう尋ねる。


「ひっ………な、なんだよガキが! おい! 悟! いつまで寝てんだ! さっさと四人でこいつをボコるぞ! そうしねーとあの女、どうなっても知らねーぞ!」


「うっ……うぅ……」


 悟は男の言葉に立ち上がろうとしていた。

 もしかして、あの香奈とか言う子が人質にでも取られてるのか?

 

「で、でももう悟は!」


「うるせぇ!! へましやがって! お前らも同罪だぞ!」


 今度は悟の取り巻きに当たり始めた。

 どうやら、こいつが色々と知っているようだな……。


「おい悟……正直に応えろ」


「……うっ………なんだ…………」


 悟はボロボロの状態で立ち上がり、俺を睨み付ける。

 そんな悟に俺は優しく尋ねる。


「……この男のせいか? お前がこんな事をしたのは」


「……そ、それは………」


「おい! 悟なにやってんだ! さっさとそいつを抑えろ!!」


「悟……お前がもし、あの香奈って子の為に何か苦しんでて、こいつを……いや、こいつの仲間も含めた全員を黙らせれば……お前とはもう喧嘩しなくて良いのか?」


「…………」


「悟! 良いからさっさとしろ!」


 俺の声と男の声が悟の心を乱していた。

 だが、俺は悟が自分から俺に助けを求めるまで動く気は無い。

 じゃないと、初白のために体を張った大島に示しが付かないからだ、


「………俺は……」


 悟は悩んでいた。

 悩んで悩んで、悩んだ末、悟は顔を上げて言った。


「頼む……初白を連れて行かないと……香奈が……香奈が酷い目に……俺じゃ……あの人たちには勝てないんだ……だから……」


 悟はそう言って俺に泣きながら土下座してきた。

 

「お、おい! 良いのか悟! お前の女がどうなっても!!」


「うるせぇよ」


「え………ぎゃわんっ!!」


 俺はワーワー喚く男の顔面を思いっきり殴った。


「いでぇぇぇ! いでぇ……いでぇよぉ……」


「……だろうな……痛いと思って殴ったんだ……お前……俺の後輩に何した? 言えよ……」


「ひっ!」


 俺は座りこんだ男の胸ぐらを掴んで静かにそう尋ねた。

 男は恐怖と痛みで先程の余裕はまったく無くなっていた。

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