第41話


 僕は自動販売機で自分の飲み物と初白さんの飲み物を買い、ベンチに戻ろうとしていた。

 学校に流れているスタンダードな噂を教えたけど、やっぱり全然知らなかったんだ……。


「何かの間違いか……僕も昔はそう思ったなぁ……」


 平斗が暴力事件を起こしたのは本当だ。

 当時、平斗は自分の家の事をあまり話すような人間ではなく、学校内で平斗の家が道場であることを知っている人間は少なかった。

 柄の悪い連中が平斗に喧嘩を吹っかけようとしたときはひやひやしたものだ。

 平斗が強すぎて全員病院送りにしてしまうのではないかと……。

 しかし、まさかそれが現実になってしまうなんて、僕は思ってもみなかった。


「あれからもう一年か……高校に上がったら、あの噂も消えるかと思ったけど……」


 人の噂も七十五日なんて言うが、印象の強い出来事の噂は平気で一年も広がる。

 あの真相を知ったら、噂を信じていた連中はどんな顔をするのだろうか……。

 おそらく女子は手のひら返しだろうな……。


「これだから女なんて生き物は……」


 僕がそんなことを考えながら、ベンチに戻ると、初白さんはベンチでスマホと睨めっこをしていた。

 起こった様子でスマホを操作し、誰かにメッセージを送っているようだ。

 もしかして平斗に連絡でもしてたりするのだろうか?


「お待たせ」


「あ、先輩! 飲み物ありがとうございます!」


「全然良いよ。初白さんはお弁当を作ってきてくれたし、誰かにメッセージでも送ってたの?」


「あ、はい……まぁ……」


「もしかして平斗?」


「え!? あ、いや……まぁ……はい」


 僕がそう尋ねると、初白さんはどこかばつの悪そうな顔でそう答える。

 何かまずいことでも聞いただろうか?


「そういえば朝、平斗から変なメッセージが来てたんだっけ……返信したけど、それからの平斗からの返信がないんだよね」


「え? 先輩もですか?」


「え? ってことは初白さんも?」


「はい、さっきからメッセージを送ってるんですけど、全然返信が来る気配がなくて……」


「初白さんもか……実は僕もなんだ、平斗は一体何をしてるんだ?」


 平斗は小さいころから朝稽古をしていた癖で、朝は早いはずだし、二度寝なんてそうそうしない。

 それに連絡は小まめに返す方だし、一体どうしたのだろうか?

 そういえば、今日は道場の手伝いがあるなんて言ってたけど……それが関係してるのかな?


「まぁ、そのうち返信も来るよ、それよりお弁当もらっても良いかな? お腹減っちゃって」


「あ、はい! え、えっと……おいしいかどうか……あんまり自信ないんですけど……」


 初白さんはそう言いながら、弁当箱を僕に渡してくる。

 僕は弁当を受け取り、お弁当の蓋を開ける。


「すごくおいしそうだね、流石女の子」


「えへへ……そ、そうですか?」


「うん、じゃあ早速……いただきまーす! ぱく、モグモグ……うっ!」


 僕はお弁当の中のから揚げを箸で掴み、口の中に放り込む。

 しかし、そのから揚げはから揚げのはずなのにから揚げの味がしなかった。

 なぜか良くわからないが、そのから揚げは物凄く甘かった。

 まるでお菓子のようで、僕は思わずから揚げを吐き出しそうになってしまった。


「ど、どうですか?」


「お、おいしいよ……あ、あの……特色のある味つけだね」


 なんだ、特色のある味付けって?

 自分で何を言ってるのか僕自身も全くわからない。

 というか、なんでから揚げがこんなに甘いの!?


「そ、そうですか……良かったぁ~」


 初白さんは、僕のその言葉にすごく嬉しそうな顔をした。

 こんなに嬉しそうな顔をされてはこの弁当を残すわけにはいかなくなってしまった。

 から揚げが激甘な時点で、このお弁当の他のおかずもかなり心配なのだが……。

 そこで僕はようやく今朝の平斗のメッセージの意味を理解した。


「平斗……そういうことか………」


 死ぬなよって……そこまでじゃないから大丈夫だよ。

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