第35話

「まぁ、そんなわけで島並さんの家は少し訳アリなんだよ」


「そうなんですか……なんかいろいろ大変そうですね」


「あぁ……でも島並家の人達はみんないい人だから安心しな、道場にも直ぐになれるよ」


「は、はいありがとうございます」


 見た目は怖いけど、茜さんはなんだかんだで面倒見がよさそうな人だ。

 来たばかりの私を気遣ってなのか、それとも同じ女子同士だからなのか、いろいろなことを教えてくれる。

 そんなことを話している間に、島並さんと竹内さんの組手が終わろうとしていた。


「お、そろそろ終わりみたいだなぁ~、さてと平斗に水でも持ってってやるかなぁ~」


 茜さんは楽しそう鼻歌を歌いながら、道場の奥にある更衣室に向かっていった。

 私は組手が終わり、床に大の字になって動けなくなっている島並さんの元に向かう。





「はぁ……はぁ……」


「はぁ……平斗……なかなかやるな……結構ギリギリだったぞ……」


「こっちは……全力であれですよ……」


 強い……本当にこの人は強い。

 正直勝てる気がしない。

 俺はすべて出し切り、そのまま床に倒れ込んでいた。

 竹内さんはまだ余力があるらしく、そのままシャワーを浴びに行ってしまった。


「全く……あの人は……」


「あ、あの……だ、大丈夫ですか?」


「え? あ、あぁ大丈夫だよ……疲れただけ」


 そういって俺の顔を覗き込んできたのは城崎さんだった。

 正直、あまりカッコいい姿ではないな。

 負けて床に倒れるなんて……スタミナがないんだな俺……。


「あ、あの……す、すごかったです!」


「え?」


 俺が起き上がると、彼女は興奮気味に俺にそういった。

 

「一つ一つの動きが綺麗でした! 私もあんな風になれますか!?」


 先ほどまでとはまるで雰囲気が違っていた。

 まるで夏休み前で興奮している小学生のようだ。

 

「まぁ、毎日頑張れば大丈夫だよ、これから頑張ってね」


「あ、あの……やっぱり島並さんはもう……道場には来ないんですか?」


「あぁ、今日はただの手伝いだからね」


「そ、そう……ですか……」


 俺がそう言うと、城崎さんは少し寂しそうな表情をして俯いてしまった。


「だ、大丈夫だよ、竹内さんも師範代も居るし! 二人は俺より教え方が上手だから安心してよ!」


「……はい」


 うーん、なんでそんな寂しそうな顔をするんだ?

 俺の教え方ってもしかして結構わかりやすかった?

 って、そんなわけないか……。

 そんなことを俺が考えていると、今度は茜さんが近づいてきた。


「平斗、今日もこっぴどくやられたね~」


「勝てるわけないでしょ? あの化け物に……あ、ありがとうございます」


 茜さんは俺にスポーツドリンクを持ってきてくれた。

 

「ゴク……ゴク……はぁ……ありがとうございます」


「お疲れさん、まだまだ鍛錬が足りないんじゃない?」


「そんなのは分かってますよ、でもあの人に勝つにはどれだけ鍛錬を積めば良いのか……」


「じゃ、じゃぁまた道場に通えばいいじゃない……」


「いえ、俺はもうこれ以上の鍛錬を積む気はありません」


「も、もう顔出さないのか……」


「いえ、たまには手伝いで顔を出しますよ」


「そ、そっか……こ、今度たまには買い物付き合えよな! お前は私の舎弟なんだから!」


「いつそうなったんですか!!」


「舎弟なんですか?」


「だから違うって!!」


 いつから俺は茜さんの舎弟になったんだか……。

 今日の稽古はこれで終了。

 城崎さんは茜さんに連れられて、シャワー室に向かって行った。

 俺は道場の掃除をし、自宅に戻って自宅の風呂でシャワーを浴びる。

 上がってくると母さんが夕飯の準備をしていた。

 今日は門下生を入れての食事会、母さんは一人で十何人分の料理の下ごしらえをしていた。


「母さん、手伝うよ」


「あら、大丈夫よ、平斗は疲れてるでしょ? 少し休んでなさい」

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