第8話
「私はね、ディアンさん。怖くて強いあなたが好きだったんですよ」
彼ではない彼にそう言うと、彼は顔を青くして小さく首を横に振ってから、小さく口を開いた。
「……なぜ……何故、だ……だって彼は、君にひどいことしかしなかったんだろう……!!?」
「ええ。ひどいことしかされませんでした。でも、好きだったんですよ。好きになったって意味がないし、報われることなんて何一つないってことは重々承知していたんですけど……でも好きでした、そう思うことをやめられない程度には」
「どうしてだ……意味が、意味がわからない……!!」
混乱しきった顔で勇者はそう叫んだ、私はただ笑ってこう答えた。
「私にだって意味がわかりませんよ。気がついたらこうなっていたんですから。自分でもなんで彼の事を好きになってしまったのかと……嫌いになろうと努力したこともありましたが……まあ無駄でしたね。魔女の心は自分自身でも理解できないほど摩訶不思議なもののようです」
だってあの人笑うんだもの、痛がっている私を見て嬉しそうに。
だってあの人怒るんだもの、他者に私が痛めつけられた時には。
都合のいい玩具扱いだったのは知っている、壊れても本当はどうでもいい存在だってことは十分わかっていた。
でも、そのたったそれだけで、私はあの人に恋をした、嫌いになれなかった、憎めなかった。
「まあ、細かいことは置いておいて、私はあの人のことが大好きだった、と言うことだけ頭に叩き込んでください。そして、そんな顔をしている場合ですか? ねえ、勇者さま、あなたはまだ自分の失敗に気付いていないのですか?」
「……しっぱい、とは?」
今の告白を聞いて、少し考えれば理解できる事ではあると思うのだけど、勇者は混乱していてまだ理解できていないらしいので説明することにした。
「だって、私はディアンさんのことが大好きなんですよ? とっくに死んでいると思っていたから今までは何もしませんでしたけど……まだあなたの中に生きているのであれば…………彼を取り戻そうと思って当然ではありませんか?」
「……っ!!?」
勇者は今更目を見開いた、ようやく自分の失敗に気付いたらしい。
「あなたは失敗したんです。この世でほぼ唯一彼の生存を願う魔女に、できるものなら死に物狂いで取り戻したいと願っているような馬鹿な女に、彼がまだ生きている事を教えてしまったのですから……」
にこり、と愛想笑いを浮かべると、彼は椅子からガタリと立ち上がった。
「今更逃げられると思っているんですか? 私が何であるかをお忘れで? ……私は幻惑の魔女。時間稼ぎにご協力ありがとうございました。……この程度の時間があれば……あなたがこの森から出られなくなるようにちょっとした細工をする程度ならお茶の子さいさいなんですよ?」
「…………そのために、話を」
「まあそれだけではないんですけどね。事情を把握しておきたかったのは本当です」
「……君は、本当に彼を? しかし、それがどういうことか理解しているのか? ……彼は君を傷付ける、傷付ける以外に何かあるというのなら話は別かもしれないが、傷付けるだけなのだろう? ……それでも君は彼を求めるのか? ……そうだとするのなら、意味がわからない」
まだ混乱した顔で勇者はそう言った。
きっとこの人は幼い頃から幸せな人生を歩んで来たのだろうと勝手に思った。
人に優しくされて、その優しさを返せる世界で生きてきた人なのだろう。
善意には善意を、悪意にはそれ相応の悪意を素直に返すことが出来る健全な反応を行える人なのではないかと思う。
だけど私は違う。
そういうふうに生きてこられなかったというのも、きっと彼を好きになってしまった原因の一つだ。
私だって勇者のように恵まれた人生を送っていれば、きっと彼に恋などしなかったのではないかと思う。
だからきっと、勇者に私の思考は理解できない、私だってこれが異常な恋であることくらいわかっている。
だから、その点を理解させるのははじめから諦めている。
だからもう、話をもう少し先に進めてしまおう。
「ええ、そうですよ。――逆に聞きますが、好きな人と一緒にいたいという理由だけでは動機になりえませんか? たいそうな理由も意味もありませんよ。ただそばにいたてほしいだけです」
「彼は君を傷付けるのに? さっきだって彼は君を……」
「ええ、それでも、です。そういうところが気にならないくらい惚れ込んでいるので……さてと、それではどうしましょうか? 彼が現れる条件は大体理解しましたし……とりあえず一番簡単なのは……」
そう話している途中で、勇者が遮ってきた。
「させない……もうこの身体で誰も傷付けるわけにはいかないんだ……!!」
「させない、ですか。ですがどうやって? あなたもうこの森から出られませんよ? たとえ私が死んだってこの森はあなたを逃しません、あなたが死ぬまで彷徨うことになるでしょう。さあどうします? 脅しも泣き落としも効きませんよ? さあさあ、どうしましょうか勇者さま?」
にこりと愛想笑いを貼り付ける、今のところの優位はどうやらこちらにあるらしいが、それでも勇者は引き下がる。
「やめてくれ…………君は彼の傍にいたいというが……彼は君を殺すかもしれないんだぞ……!! それでもいいのか!?」
「ええ。構いませんよ。ディアンさんになら殺されたって別に構いません。というか……本望ですよ、最後に見る顔が彼の顔になるのなら」
そう答えると、勇者は顔をさらに青くして、私を呆然と見る。
「……狂ってる」
「ええ。そうですよ」
私は心からの笑みを浮かべて、彼にそう答えた。
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