第5話
「……私、ですか」
「ああ、君だ。彼は何度も君の事を呼んで、探していたらしい。『クレアはどこにいる』、『出てこい、早く出てこい、でないと探し出して半殺しにしてやる』……クレア、クレア、クレア、って」
「うっわあ……私あの人のパシリでしたからねえ……魔王軍時代にもよく呼びつけられて無茶振りをされたんですよ。お菓子をたかられるくらいならまだよかったんですけど、ひどい時はむしゃくしゃするからってボコボコにされた時もありました」
「……彼はそんな事をしていたのか」
「殺されなかっただけマシ、っていう状態でしたね……あの人、自分が気にくわない者には容赦なかったので……」
彼にとって私という魔女はは絶対的に自分よりも弱くて、好き勝手に扱える玩具だった。
壊れにくくて、殴っても蹴っても泣いて痛がるだけで反骨精神など向けることがなく、ついでにお菓子も強奪できる……そういう玩具。
……お気に入りの玩具だった、のだと思う。
というか本当はついでの部分が結構大きかったりする、痛い目見ないようにお菓子を素直に渡しているうちにこちらがうっかり餌付けしてしまって、よりいっそう付きまとわれるようになったというか。
「そうか……」
「彼が私を探していた、っていうのがあなたが私を疑った主な理由ですか?」
「ああ……彼は君と……君が作るお菓子を求めていたから……彼が僕に残っている原因が君か、もしくは君が彼に食べさせていたお菓子にあるのではないか、と」
「……確かに、私が疑われる要素は十分にありますね。ですが本当に何もしてません。というかですね、あの人にとられてたお菓子は基本的に自分用に作っていたものです。自分が食べるものに変な物を混ぜる馬鹿が……いるかもしれませんが私はそうではありません。あの人にお菓子をとられるようになってからは保険としてあの人用のお菓子を持ち歩いたりもしていましたが……だからといって妙なものを混ぜてそれがバレたら……確実に殺されるのでそんな無謀なことはしませんでしたよ……彼、鼻も味覚も勘もよかったので」
「……そうか。あらためて、先ほどは疑ってもすまなかった」
そう言って、勇者は一度深々と頭を下げた。
謝罪はもういいとは言わなかった、このアネモネを疑ったのはあの人ではなくてこの人なのだから。
「……この条件で彼が現れた時は……しばらく君を探しまわって見つからないと判断した時か、何か甘いものを食べて満足すると消えることが多い」
「あまいものを」
他人から触れられる、他人から負の感情を向けられる、それから疲労やストレスを感じる。
彼が出てくる条件は大雑把に言ってしまうと、『彼にとって嫌な事が起こった時』。
そして、それがある程度解消されると、消える。
「ああ……何かを……特に甘いものを食べると彼はどこか不満な様子ではあったが、それでも消えたらしい……最初はこの条件がわからなくてね、しばらく暴れさせてしまったこともあったけど……消える条件がわかった後は僕も、僕の仲間達や知り合いはお菓子を常備するようになった」
癇癪を起こす子供への対策だろうかと思ったけど、口にはしなかった。
「この辺りの条件がはっきりするまで……だいたい半年くらい掛かった。最初の二つはすぐに原因がわかったんだけど、三つ目に関しては最初の頃はどうして彼が出てくるのも、出てきた後どうすれば消えてくれるのかもわからなくてね……彼が君を探すのだから君を見つけてなんとかしてもらえばいいんじゃないかっていう案も出ていたんだけど、魔王を倒した後の君の消息を誰も知らなくて……死んだ、という噂もあったし」
「あー……やっぱり流れてましたか、死亡説……」
実際自殺寸前で拾われたので、少しでも何かが違っていれば私はとっくに死んでいるから、あながち間違いではなかったり。
「死んでいる、っていう可能性の方が当時は高かったよ。君の生存はほとんど絶望的だった。誰も君の死を確認したわけではなかったけど、生きている君を見た人は誰もいなかったから」
「そりゃそうですよ。私、あの戦争が終わる少し前くらいに……通りがかりに私を拾ってくれたとある親切な魔女さまにすぐにこの森を紹介してもらって……それ以降一歩も外に出ていないんですから」
「……ああ、やっぱりそういうことだったのか……というか、本当に一歩も? 食べ物とか生活必需品とかはどうしていたんだい」
「あなたをここまで宅配したマジョタックドットコムっていう……魔女の宅配サービスを使って買い物ができるので引きこもってたんです……というか、よく私を見つけましたね……」
マジョタックを使って『アネモネ』宛の荷物として宅配されてきたということは、少なくとも彼の協力者に魔女……それもおそらくは私の動画の視聴者がいるわけで。
『アネモネ』としての活動では本名や昔の素性がバレるようなことはしていない。
私を拾ってくれた魔女さまや……世話になっている他の魔女さま達からバレたとも考えにくい。
魔女は基本的に放任主義のくせに同族を守りたがるよくわからない生き物だ。
放置するくせに、同族が何かに必要以上に痛めつけられると、容赦なくその何かを徒労を組んで殲滅にかかる。
そういう種族の彼女や彼女達が、私と敵対していた組織に私の情報を渡すとは考えにくい。
だからおそらく彼女達はシロ、なので私が直接知らない……『アネモネ』のアンチあたりが嫌がらせも兼ねて勇者に協力した、とか?
いえ、そうだとしたらどうしてそのアンチ(仮)はアネモネと幻惑の魔女を結びつけた?
重ねていうけど、昔の経歴や名前がバレるような言動はしていない……うっかり話しかけた事がないというわけではないけど、全部編集した時にそこだけカットした。
「……君を見つけられたのは、ちょっとした偶然でね。生きていると知ったのが二年前、居場所をなんとか特定したのが……八ヶ月くらい前になる」
「偶然、ですか」
「ああ。偶然だ。君が、彼が僕の中に残っている原因であるのかもしれないけれど、もし死んでいるのであればどうにもできないし……知人も含めた何人かの魔女に君のことを知らないかと聞いてみたけれど、全員に知らないと答えられた。……そこからはずっと停滞状態だった、僕は彼を消す方法を探したけれど、手がかりは一つも見つからず……あっという間に戦争が終わってから二年経った。その間も僕や僕の仲間は彼を僕の中から完全に消す方法を探したけど、結局見つからなかった……君の生存を知ったのはもう手詰まりか、と諦めかけた頃だった」
勇者はそこまで言った後、一度小さく咳き込んだ。
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