第4話

「それじゃあ、最初に彼が現れた時のことから話そうか。彼は四年前……僕が魔王を倒す少し前に僕の仲間たちによって浄化され消滅した……少なくとも僕らはそう認識していた。

 そして、彼が消えた後に僕は僕の仲間と共に魔王を倒して、あの戦争に勝利した。

 彼が再び現れたのは、僕らが魔王を倒して……少しだけ落ち着きを取り戻した……二週間後くらいのことだった

 唐突だけど、僕には婚約者がいた。

 僕が勇者として認められた時に、国から決められた婚約者が。

 聖なる魔法……浄化や治癒術に特化した魔術師の名家の子でね、僕から彼を浄化できたのも彼女の働きが大きかったんだ。

 いい子だよ、僕にはもったいないくらいの。明るくて優しいとてもいい子だ。

 ……魔王を倒して、僕ら人間は勝利した。

 それを祝う意味もあって、僕と彼女は結婚することになったんだ。

 ……彼になった僕は許されざることをやった、多くの人間を殺した、と話に聞いている。

 それでもみんなは僕を許した、許さないでいてくれる人も当然いるけど、多くの人が僕を許した。

 それだけ、魔王を倒したという功績は、人々にとってはどうしようもないくらい大きなものだったらしい。

 ……僕としては、処刑されたってなんの文句も言えないような罪を犯してしまったと思っていたし、結婚が許されるような身分ではないと思っていた。

 ……それでも、どうか幸せになってくれと言われたから。

 だから、結婚しようと、するべきなのではないかと、そう思った。

 それで、結婚式に関する話を彼女と、それから仲間達と話している時だった。

 話の最中で彼女が僕に抱きついてきたのだけど、その直後に僕の意識は途切れて……

 気がついたら、彼女が顔をおさえて僕の前にうずくまっていた、仲間達が僕のことを……とても恐ろしいものを見るような目で見ていた。

 仲間達に話を聞くと、彼女に抱きつかれた直後に僕が豹変して、『触るな、ブス』と言いながら彼女の顔を殴った、と。

 浄化されたはずの彼が初めて現れたのは、おそらくこの時だった」


「あー……あの人、他人から自分の身体触られるの大嫌いだったんですよね。私も仕事の関係で声かけたら聞こえてなかったみたいで、仕方なく近寄って肩を叩いてみたら振り向きざまにぶん殴られたことあります……あの時は痛かったですね……身体が面白いくらい吹っ飛んで……」

 こう、ぽーんって、と言いながら笑うと、勇者は顔色を悪くさせた。

「そ、それは……すまなかった……」

「別に平気ですよ。さっきも言いましたが魔女の身体は頑丈ですので。あと彼のことであなたが謝る必要は基本的にないのでもう謝らないでください。あなたはあの人ではないのですから」

 そう言うと、彼は小さく「わかった」と答えました。

「それでもやはり一度謝らせてくれ。たとえ彼がやったことであったとしても、この身体が君を傷付けてしまったことに変わりはないのだから。……本当に、申し訳ない」

 深々と頭を下げた彼に、小さく溜息をついた。

「わかりました、その謝罪は受け取ります。……ですので頭を上げてください、あなたは何も悪くないのですから」

「わかった……ありがとう。……話を続けよう。

 僕も、僕の仲間達も最初は何が起こったのかわからなかった。

 だけど豹変した僕の態度や口調、その時だけ目が赤くなって、髪がまだらに黒くなったこと、豹変した時のことを僕が覚えていなかったことから、すぐに彼が……ディアンが僕の中にまだ残っていて、それが目覚めたのではないか、という推測が立って……

 てんやわんやの大騒ぎで、すぐに浄化することになったんだ。……僕の婚約者や浄化の術が使える僕の仲間達、そのほかにも聖女さまや賢者さまなんかも含めた多くの人が僕の浄化に協力してくれた。

 それで、僕は今度こそ完璧に、一点の隙もないくらいの浄化された……はずだったんだけど……その翌日、友人が僕を驚かせようとふざけて背後から飛びついてきて……その時にまた彼が現れて…………その友人は、危うく死にかけた」


「なんて無謀なことを……」

 思わずそう呟いていた。

 私が同じことやったらぶん殴られた後に追撃されてボッコボコにされると思う。


「騒ぎを聞きつけた人達が止めてくれたおかげで彼はなんとか一命をとりとめたのだけど……

 あれだけ念入りに浄化を行なったのにそれでもまだ彼が残っていることに大騒ぎになって……もう一度……何度も浄化をやり直してもらったけどそれでも駄目だった……

 それに、精密に検査もしてもらったんだけど、異常らしきものは見つけられなかった……

 次第に本当は彼は魔王によって僕の中に作られた存在ではなくて、全部僕の自作自演なのではないかという噂も流れたらしい。

 だけど彼女や仲間達は信じてくれた。

 でも……結婚は、取りやめになった、こんな状態で結婚できるわけないと、僕から婚約を解消してもらうように頼んだ。

 それでもしばらくは、彼らと共に行動を共にしていた。

 少しすると、彼が現れる条件もいくつかわかってきたし、その条件に引っかからなければ、彼が出てくることはなかった」


「条件……他人から触られる他にも何かあるんですね? そうですねえ……多分彼の怒りの琴線に触れるようなこと……例えば、他人から馬鹿にされたり、失礼な言動をされたり……あと何かを無理に強要されそうになったり、とか……他にも思いつきそうですけど、とりあえずはこの辺りで止めておきましょうか」

 かつての彼の言動からそんな推測をしてみると、だいたい当たっていたのか彼は小さく目を見開いた。


「……ああ、だいたいそんな感じだ。

 とりあえず、ほぼ確定していたのは他人から不用意に触られること。ただ触れられるだけだと出てこないこともあるのだけど……こちらが接近を気付いていない状態で他人から触れられると確実に彼は現れ……触れてきた人間に暴力を振るった。

 次に多いのが、他人からこちらを馬鹿にするような言動を取られた時。

 単純に馬鹿とか阿呆とか悪口を言われるというよりも……こちらに向けられる蔑みや敵意……負の感情とでもいおうか、そういうものに反応して彼は現れ、暴力を振るった。

 ……それと、もう一つ。

 僕が疲労を感じたり……なんらかのストレスを強く感じた時にも彼が現れることがある。

 この条件で彼が他人に暴力を振るうことは少なかったけど、ある人物を探し求めて暴れたり、暴言を吐くことが多い、らしい」


「…………ある人物、とは?」

 そう問いかけると、彼は一度深く深呼吸をしてから、私をまっすぐ見据えてこう言った。

「君だよ。クレア・スファレ」

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