第3話
今から四、五年前の話。
人間と魔族は争いを続けていた、魔女達はその争いを静観していた。
ある日のこと、人間の勇者は魔族の王によって捕らえられ、心と記憶を改竄された。
身も心も闇に堕とされた勇者は、魔族の手先として人間と敵対させられた。
強くて、恐ろしくて、多くの人間どころか場合によっては気に食わないと味方であるはずの魔族すら屠り続けた狂戦士。
魔王によって操られながらも、やりたい放題に戦場を荒らし続けた怖ろしき男。
そんな勇者に、魔族に拾われた魔女の子は恋をしたが――その想いを伝えることは最期までなかった。
結局、私の恋はそういう何の面白みも何もない、とてもつまらないものだったというわけだ。
真っ先に目にうつったのは天井、しばらくなんで自分が寝ているのかその理由がわからずぼうっとそれを見上げて、飛び起きる。
寝かせられていたのは自分のベッドの上だった。
周囲を見ると、ベッドのすぐ近くに白い人が立っていた。
「ああ、良かった……動けるかい? まだ痛むなら無理はしないでくれ。一応治癒術はかけたのだけど、上手くできなくて……」
「……御託はいいので、さっさと先ほどの質問に答えてください。何故、あなたの中にまだ彼がいるのですか?」
少しだけ痛む喉に顔をしかめながら私は彼にそう問いかけた。
この程度の痛みならどうということもない。
「それが……僕にもわからないんだ……」
「わからない?」
「ああ……魔王が呪いによって僕の中に作った……君達がディアンと呼ぶ彼は僕の仲間によって僕の身体から完全に浄化された……浄化されたはずなのだけど……魔王を倒して少しした頃から何故かさっきみたいに彼が現れるようになって……僕は彼が現れた時の事はほとんど覚えていないのだけど……」
「……はあ」
「浄化が不完全だったんじゃないかと、何度か……何度も浄化し直してもらったのだけど、それでも一向に彼は消えてくれなくて……それで、ひょっとしたら魔女の呪いが関わっているんじゃないか、っていう話になって……魔女の呪いは複雑で、鑑定などに引っかかりにくいものが多いと聞く。ひょっとしたら彼の傍にいさせられていたという君が何かをしたのではないかと……」
「……成る程。私を疑った理由はわかりました。しかし推測がまだ甘いと言わざるをえないでしょう。私がもしもあなたの中にディアンさんが残るようになんらかの細工をすることができていたのなら、とっくの昔にあなたに接触して彼を復活させて……何か良からぬことをやっていますよ。あれから何年経ったと思っているんです? 四年ですよ、四年」
親指以外の指を立てた手のひらを勇者に向けると、勇者は小さく「う……」と唸った。
「……確かに、そう考えると不自然ではあるか、いやでも」
「素人考えですが単純に魔王の呪いが強すぎて、カビみたいにもう消せないくらい深く根付いてるだけな気がしますけどね。というわけで、無駄足ご苦労様です」
にこり、と笑いながらそう言うと、勇者は少し項垂れた。
「……本当に、君が何かしたわけではないんだね?」
「まだ疑いますか?」
「いや、ひとまずは信じる……しかしこれでまたふりだしに戻ってしまった……魔王の呪いはそこまで強いものなのか……? どうすればいい……?」
途方にくれたような顔で勇者は顔を伏せる。
「そんなに彼を消したいのですか?」
「ああ。彼は僕の周囲の人を傷付けるから……いつ何をしでかすかわかったものではないし……さっきだって君を殺しかけた」
「あのくらいなら別にお気になさらず。もっとひどいことをされたこともありますから。というか少し丸くなってるかもです」
あの頃の彼だったら、私があんな態度とったら喉を掴む前に腹か顔にきつい一撃入れてたでしょうし。
「え?」
「魔女は意外と身体が丈夫なのですよ……それで? これからどうするのです?」
「……大きなあてがはずれてしまったからね。次にあたるとするのなら……強い浄化の力を持つという……」
「……その前に、この魔女にもう少しだけ詳しくお話をしてくれませんか?」
馬鹿正直に話し始めた勇者の言葉を遮って、ずずいと顔を近付けると、近付いた分だけ彼は顔を後ろに。
「……君に?」
「ええ、だって色々と気になるんですもの。ざっとしたあらましだけはなんとか把握しましたが……具体的に何があってあの人が現れるようになったのかとか、どうやって私がここにいると把握したのかとか……というかなんだって人間、それも勇者であるあなたがマジョタックで使い魔として送られてきたんです? 意味わからないんですけど」
ディアンさんが彼の中に残っていたというか衝撃で色々と吹き飛んでいましたが、色々と気になることがいくつかある。
勇者の中にあの人が残っている原因はよくわからない以上の成果はなさそうだけど、それでも明らかにできることはできるだけ明らかにしていただきたい。
「……最初から説明した方がいいだろうか」
「急ぎの用事がないのであれば、最初から詳しく」
そう言うと、彼はわかった、と答えた。
お茶と茶菓子でも用意しようかと思ったのですが、やめておく。
この先に何かあった時に、私が作ったもののせいだと言われるのはごめんだ。
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