第2話
「ほ、本名と昔の経歴を撮影中に言わないでくださいよ……編集が面倒になるじゃないですか……」
頭を下げた白い勇者を見つめながら、現実逃避しかけた私の口から飛び出してきたセリフはこんなものだった。
今の所全部ピー音被せなきゃダメじゃん、というかカット……いやお蔵入り……?
お蔵入りはやだなあ、せっかくあんないいものを送ってもらったのに、申し訳なさすぎる。
というわけでモザイクとテロップ祭りだ。
頭を上げた勇者が困惑気味に私の顔を見る。
「ええと、さつえい……?」
「ええそうですよ。プレゼントをもらったのでそのお礼をするための動画を撮っていたんです。ですがあなたが出てきたせいで面倒な編集作業をすることが確定しました」
「それは……すまない」
勇者は本当にすまなそうな顔で謝ってきた、やめてほしい調子がすごく狂うから。
「もういいです、ダンボール開けた直後からカットします。それで、頼みとはなんですか? 勇者クリストファー・スノーフレーク」
杖を突き付けたままそう言うと、勇者はとんでもない事をのたまった。
「君が昔、僕にかけた呪いを解いてほしい」
「…………はい? かけてませんよ?」
そんなことはしていない、私はそんな無謀な事ができるような魔女ではなかった。
「じゃあ……その……毒、とか? 魔王のところにいた頃の僕は、よく君が作ったお菓子を食べていたらしいし……」
「…………私が、お菓子に毒物や薬を入れたと、そうおっしゃっているのですか?」
声が冷たくなったのを自覚した。
これは私に対する冒涜と受け取っていいだろうか?
「失礼な。よりによってこのアネモネがそんな事をするとお思いで? 私はですね、毒物薬物魔女の素敵なお薬を一切使わないお菓子作りをする事を昔から信条にしているんです。今はそれで稼いでいるんです。何がどうなってそんな疑いが向いたのかは不明ですが、全くの見当違いです。何があったのかは知りませんが私は全く関与していません。犯人は私以外の誰かでしょう。と言うわけで、出て行ってください、ええ、今すぐに」
矢継ぎ早にそう言って、失礼な白い勇者を睨みつける。
「……ええと、その疑って悪かった、でも話を」
「でていってください」
「大事な話なんだ、君にも」
「しつこい、いいからでていってください、出口はあちらです」
杖で比較的迷わなくても済む道を指し示す、それでも勇者は一向に出て行こうとしない。
「だから話を」
「うるさいですね……でていけ」
ギロリと睨みつけ、声を低めて脅すように言った、その直後だった。
白い勇者が停止した、表情も虚ろになりどこか様子がおかしくなる。
空色の瞳はどこにも焦点はあっていなかった、何事かと身構えようとした少し前に、その瞳が真っ赤に染まった。
「……っ!!?」
それを目視したと同時に喉に衝撃、息が詰まってとても苦しい。
異様に冷たい指が私の喉をこちらを絞め殺すかどうかのぎりぎりの力加減で握っているようだ。
おそらく本気を出されればあっけなく握りつぶされるのだろう。
酸欠と痛みに意識が朦朧とする、もがいたところでどうせどうにもならない。
諦めに瞼を降ろしかけたその時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「誰に向かって口をきいている」
落ちかけていた瞼を開く、少し歪んだ視界でそれでも目の前のものを見る。
そこにいたのは、一人の男だった。
「何様のつもりだ、クレア」
血色の瞳に不満と怒りをにじませ、顔は全体的に不機嫌そうで。
白い肌は先ほどと変わらず。
髪色は、今まで見たことがない白に黒が混じったまだら色。
髪色だけは見覚えがないけれど、その目の色は、その肌の色は、その表情と声は、よく見知ったあの人と同じものだった。
どうして。
疑問符が頭の中を満たす、だって、そんな事ありえない。
今目の前にいるこの人は、私が恋したこの人は、あの日人間達の手によって勇者の肉体から消されてしまった。
殺されてしまったはずなのだ、四年も前のあの忌々しい日に。
何故と疑問の声を上げようとした時に、こちらの喉を締める力が強くなる。
あ、やばいこれ冗談抜きで死ぬ。
相変わらず力加減が苦手なところは変わらないらしい、あの頃も何度殺されかけたかわかったものではない。
それでも好きだった、大好きだった。
怖くて強いこの人に、あの頃の私は恋をしていた。
感情的なものなのか生理的なものなのかわからない涙が一粒私の目から溢れた。
それと同時に、私の喉を掴んで放してくれないその人の瞳から、光が完全に消える。
表情は再び虚ろに、血色の瞳は空色に、黒混じりの白い髪は完全な白へ。
「…………あ」
真っ白に戻ったその人は、勇者は私の顔と、それから私の喉を掴む自らの手を見て、顔色を真っ青にした。
勇者は私の喉から慌てて手を離す。
支えを失った私の身体は崩れ落ちるようにへたり込む。
「す、すまない!! 本当にすまない!! また、僕は…………」
謝罪の声を上げるその人の顔をなんとか見上げて、口を開く。
意識が落ちそうだった、できることなら本当は今すぐ気を失いたいくらい苦しい。
それでも聞かなければならないことがある。
「……なぜ、です……ゆうしゃ……なぜ……あなたのなかに……ディアンさんが、まだいるのですか……!!?」
声を上げた直後に視界が真っ黒になった。
何も見えない、何も聞こえない、ただひたすらに苦しくて痛い。
ああ、それでも答えを、せめて答えを聞かなくては。
どうして生きているのか、どうしてまだ生きているのか。
生きていたのなら、何故。
だけど、抵抗は無駄に終わって、私の意識は答えを知る前に完全に落ちてしまった。
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