ほしい物リストに『使い魔』をぶち込んでみたら洗濯済みの勇者が送りつけられてきた件

朝霧

第1話

 目元を隠すだけの簡素な仮面をつけて、魔導カメラの電源をオンにする。

 撮影がうまくいっていることを確認して、私は息を3回吸って、せーので口を開いた。

「善き魔女の皆さま、こんにちは、アネモネです。今回はプレゼントの開封を行なっていきたいと思います。というわけで、どん」

 どん、と同時にカメラを動かし今回のプレゼントを映す。

 映し出したのは小包2つと、やけに横長に巨大なダンボール。

「今日はですね、こちらの小包2つとこのでっかい謎のダンボールの開封を行なっていきたいと思います。いつもはもう少し貯めてから開封動画とってるんですけど、今回はこの謎のダンボールの中身の関係でこのタイミングでの撮影としました」

 ダンボールをぺちぺちと叩いた後に、カメラをプレゼントの前に固定する。

「さて、それでは早速1つ目を開けてみましょう。あ、ダンボールは今回の目玉なので最後です」

 そう言いながら1つ目の小包をぺりぺりと丁寧に開ける。

「えーっと、こちらは……あ゛!!? これ、氷結の魔女さんところのボウルです!! うっわやったあ!! え? すごいすごい超嬉しい……こちらのボウルなんですが、なんとかの『永久にとけない氷』で作られているのです!! うっひゃあ冷たい……これはとてもいいものを頂いてしまいました……」

 1つ目の小包に入っていたひやりと冷たいボウルをよく見えるようにカメラの前に出す。

 持っているだけで指先がかじかむほどの冷気に思わず飛び跳ねてはしゃぎそうになった。

「こちらはですねえ、お菓子作り……特にアイスを作るのに凄くいいって噂なんですよ……今度これでアイスクリームとかシャーベット作ります。いやほんとありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀をして、ボウルをカメラには映らないテーブルの上に置いた。

 そして2つ目の小包を手に取る。

「それでは2つ目を開けていきます…………おおう、これは……妖精印のバニラエッセンスだぁ!!? え? すごい本物だこれ……」

 小包から出てきたのは茶色い小瓶だった。

 貼り付けられているシールには繊細な妖精のイラストが描かれている。

「これ多分私の動画を見てくれる人達なら知ってる人いると思うんですけど、超、高級品です……人間の王族御用達のお菓子職人さんとかが使ってるようなやつですよ……うっわあすごいなあ……近々さっきのボウルも使ってバニラアイスでも作ってみましょうか……送ってくださった方、本当にありがとうございます……!」

 もう一度深々と頭を下げた後、茶瓶をボウルの隣に置く。

「……と、いうわけでラスト、今回の動画の目玉。こちらの、おっきなダンボールを開けていきたいと思います。いや本当にでっかいですね……これ、ホラ見てくださいよ横に寝っ転がると私よりも大きいんです」

 ダンボールの横に寝っ転がってカメラを後ろに引かせる。

 全長がおそらく映ったところで身を起こした。

「こちらなんだと思います? 実はですね、私少し前にマジョタックドットコムのほしい物リストに『使い魔』を入れておいたんですよ。この森にもいろんな子がいるんですけど、森に引きこもって長いので外の子が欲しいなって思って。多分こないだろうなって思ってたんですけど、リストに入れた後……一週間くらいでこちらのダンボールが匿名希望で届きました。一体なんだと思ったら品物欄に使い魔、って……」

 ダンボールに貼り付けられていた伝票をカメラに向けながらそう話す。

「これ大きさも結構なものなんですけど、重さも結構あります。実は受け取った時に腰をやってしまって……私が治癒術も使える魔女じゃなかったらしばらく再起不能になってたかもしれませんね」

 腰をポンポン片手で叩きながら小さく笑う、あの時は本当に痛かった。

「中身は多分……大きさと重さ的に人型のゴーレム、とかだと嬉しいですね……人型じゃなくても嬉しいですけど……いやーでも石製のゴーレムとかだといいなあ、お菓子作りとか手伝ってもらえるような子だととても嬉しいです。同じ人型でもゾンビ系だと衛生的な問題で手伝ってもらうのは少し難しいので」

 よいしょ、と立ち上がる。

 もう開けてしまおうと思ったけど、もう一つ話しておこうと思ってダンボールに伸びかけた手を引っ込める。

「あとですね、こちら多分知っている方も多いと思うんですけど、マジョタックドットコムで生き物が送られる場合、梱包する際に結構強力な保護魔法がかけられます。こちらの保護魔法がかかっているうちは中の生き物の生存は保障されます。外側から何もされなければ保障期間中は基本的に大丈夫だそうです。保障期間は最低でもお届け予定日の5日後以上が設定されるので、開ける前に中身が死んでしまうっていうことはほぼありえないそうです」

 箱の側面に貼り付けてあった保障期間が記載されたシールを映しながらそんな説明をした。

「どちらかというと危ないのは開ける時ですね。特定の環境でしか生きられない子が入ってた場合、外の環境があっていないと開けた瞬間に死んでしまうことが多いそうです。そういう場合はこちらの欄に注意書きが記載されるそうなんですけど、空欄なのでこの中の子は普通の環境で生きられる子みたいです。例えば人魚とかだと水生、吸血鬼だと夜行性・日光厳禁みたいなことが書かれるみたいなんですけど……」

 そういうながらカメラを少し引かせる。

 説明はこの辺りでもういいだろう。

「まあ、とにかくそんな感じみたいです。与太話は置いておいて、とりあえず開けてみましょうか」

 ダンボールを塞ぐガムテープをベリベリと剥がして、開いた。

「…………」

 中には人型の生物が詰められていた。

 肌は透けるように白い、髪も透明感のある純白だ。

 身にまとっている服も白く簡素なものだった。

 漂白剤を大量にぶち込んで念入りに洗濯されたようなその生物が、ゆっくりと目を開く。

 見慣れた血色ではなく、晴れた春の空のような瞳が、こちらを見据えた。

 私は、ゆっくりとダンボールを閉じた。

「…………マジョタックドットコムの返品ってどうやるんでしたっけ……匿名の場合送り返せるのかな……できれば着払いで……」

 できれば何も見なかったことにして何食わぬ顔で返品したい。

 とりあえずガムテと重石になるものを持ってこようと思った直後にダンボールが内側から開きかける。

「わああああぁぁああ!!? やめてやめて!! 出てこないでお蔵入りになっちゃうから!! どっちにしろモザイク必須だけどこれ以上事をややこしくしないでください!!」

 慌ててダンボールを押さえにかかるけど、『勇者』の腕力に引きこもりの魔女が敵うわけもなく。

 あっさり脱出を許してしまった。

「……っ!! ………………」

 距離をとって、杖を抜いて構える。

 勝てる可能性は0に等しい、私は基本的に幻術と罠が得意なだけの魔女だ。

 要するに雑魚だ。勇者に敵うわけがないのである。

 ついでに言うと最近動画の撮影と編集にかまけてるせいで魔法の練習はおざなりだったりする。

 立ち上がった勇者がこちらを見る。

 その時に彼が丸腰であることに気付いたけど、その程度でハンデになるわけもない。

 それにしても今更何の用だ。

 確かに彼とは……彼の肉体とはのっぴきならない関係ではあったけど、彼が浄化されてしまった以上もう私には用事はないはずだ。

 確かに私は彼と敵対していた組織に所属していたものの、こんな辺境の果てにある森まで深追いされるような事をしでかした覚えはない。

 それでも可能性として一番高いのは……

「今更、私を殺しに来たのですか……」

 わざわざマジョタックの宅配物に紛れ込んでまで? そこまでする価値がこの魔女に果たして存在するだろうか?

 だけどそれ以外に何も思いつかない。

 殺し合いになったところで勝機はない、どうしよう詰んだ。

 本当にどうしようと絶望しかけたその時に、真っ白な勇者はゆっくりと首を横に振った。

「いいや、違う。……元魔王軍所属、幻惑の魔女クレア・スファレ――君に頼みがある、どうか話を聞いてくれないだろうか」

 そう言って、勇者は頭を下げた。

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