完璧なる戦Ⅷ

 するりと混戦の中にやって来た傭兵たち。見た目からして統率感の欠片もない一団であったが、ランベールの眼にはかすかな脅威と映る。

 並走し、こちらの進路を絞るだけ。ただそこにいる圧のみで動きを限定する。もしこれが雇っている側の入れ知恵でなければ大した戦争センスだが――

「……先頭の奴だな」

 ランベールはすかさず、あえて傭兵団側に馬を寄せた。

「強引だな」

「時には力業が使えてこそってな」

 群れを率いている若き傭兵ロジェとランベールが並走しながら打ち合う。手応えとしては凄まじい使い手ではないが、戦術理解が高く役割をきっちり果たそうとするところは好感が持てる。個人の武でも、こちらの挑発にはあまり乗ってこない。

 考えられる将の器、ガリアス向きだな、とランベールは思った。

「悪いが、お前さん程度じゃ『疾風』の足は押さえられねえぜ」

「……そのようだ」

「あまり悔しそうじゃないな」

「傭兵にも色々いる。そこは俺の勝負所じゃ、ない!」

 すっとロジェは馬の足を落とす。代わりに上がってきたのは、軽装が多い傭兵たちの中で、明らかに浮いた重装備の男。大きな戦斧を担ぎ、煌びやかな鎧を身にまとった男は力任せに、それを振る。

「ッお⁉」

 咄嗟に槍で受けたランベールであったが、その強烈な手応えに顔を歪めてしまう。力だけならばガリアスでも相当上位に食い込むだろう。

「やあやあ、我こそはローレンシア騎士団団長、アスターである! 我が刃は正義のため、邪知暴虐の革新王に鉄槌を下しに参った!」

「ろ、ローレンシア、騎士団だぁ? 聞いたことねえぞ」

「現在、団員は我一人である!」

 ふざけた形で、ふざけた言動の男だが、笑顔で話しながらこれだけ打ち合える時点で相当の武力である。頭さえまともなら即スカウトしたいところだが。

「何故革新王が邪知暴虐なんだよ⁉」

「む、それはだな、友人のロジェ君がそう言っていたのだ」

「は⁉」

「迷うなよ、アスター! そいつは敵だ。もうあれだぞ、ガリアスってのは本当に腐った、こう、悪い奴らばっかりの国だ」

「うむ!」

「語彙力! つーか、そんだけの理由で雇われたのか?」

「我は正義の騎士であるからして、正義の側に立つのは自然の成り行きである!」

「……なるほど、世界は広いわ」

 人はヤバすぎる相手に出会うと腰が引けてしまうのだな、とランベールはしみじみ思った。まあ、傭兵として使い倒す分には言いくるめて利用する価値はある。それだけの武力は持っているが、如何せんガリアス向きではない。

 将兵全てが戦術を理解し、体現出来ねば意味がないのだ。

「悪いが、これ以上相手してる場合じゃねえんだわ」

 ぐん、とランベールは馬を加速させる。それと同時に槍を押し出すように突き、アスターを突き放す。

「ぐぬ、卑怯なり!」

「アスター、大丈夫だ。正義の敵は『疾風』そのもの。切り離すぞ!」

「切り……何をすればよいのであるか?」

「……『疾風』、倒そう」

「なるほど! 御意であーる!」

 切り替えも早い。指示にあったのかもしれないが、ランベールの足止めではなく彼が率いる部隊の足止め、もっと言えば群れを引き裂き、こちらの突破力を削ぐことこそ今彼らに出来ることで、一番こちらがやられたくないこと。

「弁えてるねえ」

 傭兵と高を括るような時代ではないな、とランベールは笑う。

 今日でなければ、勧誘する道もあったかもしれない。

 だが、今日は違うのだ。

「行くぜェ!」

 狙うは敵将、ラロの首ただ一つ。開戦してすぐに勝負を決める。そのために馬は合わぬが拍子は合うエウリュディケと組んだのだ。

 戦争において速さは強さ。決着が早ければあらゆる損耗が減り、群れとしての消耗も抑えられる。多少無理をしてでも早期決着こそが戦争の王道。

 快足は、そのためにある。

「ランベール、抜けました!」

「おお!」

 ガリアス本陣から歓声が上がる。カミーユは笑みを浮かべ、

「中央軍、前進! 王の右足、ランベールと呼応しエスタードを破壊せよ!」

 中央軍に指示を飛ばす。「応!」と轟き、ガリアスが誇る新たなる時代の旗手たちが放たれた。右を征くは『黒獅子』ボルトース、左を征くは『血騎士』ダルタニアン、どちらもガリアスの次世代を嘱望される猛者である。

 この二人が並び、突貫する圧力たるや――

「おーおー、強いのが来たぜェ!」

 対峙するディノは凄絶な笑みを浮かべていた。エスタードでもそう見られない熱量を持った一団、最も強烈な熱を帯びているのは先頭の二人。あんなものを見せられて、滾らぬわけがない。これでこそ、戦争というもの。

「セルフィモ、ディノ、前進」

「おっしゃあ!」

「……いいのか? 本陣が空くぞ」

「そのための仲間だ」

「……ふっ、大した度量だよ、お前は。了解した、敵中央軍を吹き飛ばす!」

 ここでガリアス陣営に衝撃が走る。本陣に構えていた軍勢の大半を、中央を迎え撃つために動かしたのだ。誰もが本陣で受けると思っていたところを、あえて手前で受けて立つのだと言う。これで、エスタード本陣は丸裸。

 抜け出たランベールがいるにもかかわらず、である。

「……舐められてるなァ、おい」

 本来、牽制役としてかき回す予定だったが、こうまでされたなら話は別。『疾風』の名に懸けて相手を討ち果たすのみ。

「抜けた連中だけでいい。本陣、潰すぞ!」

「了解!」

 ガリアスの先槍、敵の喉元を穿つ。


     ○


 ランベールが本陣へ向かい始めた頃、戦場のど真ん中で互いの軍勢における最大戦力が衝突した。互いの両翼、すべての視線が刹那中央に集まる。

 戦場全体に轟くような、衝突音。

「む、う」

「いいねえ。アガるぜ」

 ボルトースとディノの打ち合い。ただの一合、その衝撃音は死闘の最中にある者たちの耳をも劈く。強烈な、破壊的な、暴力の衝突。

「ボルトースと、互角だと⁉」

「ディノと張るのか、あいつ!」

 両陣営にとって衝撃的な光景であった。彼らにとってはどちらも、力と言う分野では抜けた存在である。巨星と言う例外を除けば双方とも陣営随一。どちらも正面からの打ち合いに関しては自陣営が勝つと思っていた。

 その強烈な光景の傍ら――

「抜かせぬよ、ガリアスの将」

「くっ、『鮮烈』か!」

「存じて頂いているようで何より」

 変幻自在かつ破壊力に富んだモーニングスターの対応に苦慮するダルタニアンがいた。あまりに派手な音、景色に気を取られてしまうが、おそらく現状の総合力では一線で活躍し続ける『鮮烈』が最も上である。

 奇特な武器だが、鉄球の重さによる威力、鎖の長さによる範囲、ともに高水準。受けが許されぬ鉄球がありとあらゆる方向から襲い来るのだ。

「初見でよく捌く。才を感じるな、若いの」

「それほど歳は、違わんだろうに!」

「実年齢に意味はない。伸びしろこそが、戦士の年齢だよ」

 ダルタニアンとて蛮族相手に激戦を潜り抜け、それなりに変化にも強いと自負していたが、この男の変化量は彼らを容易く上回る。

「貴殿も、あの大男も、うちのディノも、まだまだ若い。その若さにね、私は少し嫉妬してしまうのだ。ゆえに、申し訳ないが、今日の私は少々……厄介だよ」

「戦士の若さ、か。我らが未熟で、貴公が完成しているとでも言うつもりか」

「その通りだが、何か?」

 強烈なプレッシャー。美しき笑みの下に宿る獰猛さと仄暗い感情が『鮮烈』に彩る。もはや考える余地もない。この男は強い。

 カンペアドールでないことが不思議なほどに――


     ○


 ラロは爆ぜる中央、徐々に圧される右翼、一部に抜かれた左翼を見て頷く。やはりガリアスという群れは強い。ストラクレスやウェルキンゲトリクスとの相手が多く、質に関しては軽んじられがちではあるが、あれだけの人口と領土を持つ国なのだ。国中からかき集めた中で厳選し、そこから鍛え抜いた彼らが劣るはずがない。

 それでも、彼らに人を超えた英雄の器は見受けられない。そこだけは運命に感謝せねばならないだろう。ガリアスにそれがいれば、どうしようもなくなってしまう。確率とは絶対ではない。運命とは全てを超越するもの。

 だからこそ、彼らが星を握っていない今、勝たねばならないのだ。

「お願いします」

「承知」

 少数の騎馬隊が、迫りくるガリアスの先槍に向かって動き出す。

 勝たせてもらおう。どんな手段を講じてでも。

 今、巨星以外の全てを賭して、ガリアスという巨人を踏み躙る。

(……俺のそれは、あまり褒められたものではないが)

 愛国の心が大半であるが、その奥に潜むもう一つの願望がある。戦火に飲まれた大陸で、あらゆる勢力が混沌に身を置き修羅と化した世界で、どうしても一度まみえたい者がいるのだ。その我欲、ラロはエレガントではないと思う。

 自身の矜持にも反している。それでも――心が、灼けるのだ。


     ○


 ランベールは本陣から動き出した騎馬隊を見て、眉をひそめた。一部だけで抜け出した自分たちよりも、さらに少ない部隊である。見たことがない意匠の装備、陣容を見るに若いエスタード軍とは思えない。

 傭兵か、とも思うが、それにしては先ほどより随分整然としており、群れとしての練度が違い過ぎる。引っ掛かりはあるのだ。だが、今は――

「相手が誰であろうと、突き抜けるまでだ!」

 迷わず進むのみ。

「……さすが音に聞こえしガリアスの『疾風』、凄まじい足ですね」

「ああ。馬も良いが、乗り手も良い」

「傭兵時代に見た先代と比べ、すべてが上。見事なものですな」

「……集中せよ、皆の衆」

 対する騎馬隊は、決して士気は高くなかった。今回の参戦に関しても部隊内だけで割れたほどである。何故、自分たちが力を貸さねばならないのか。何故、憎きエスタードと轡を並べねばならぬのか。参戦を拒否した者もいる。

 それでも彼らはここに来た。

 一つの理由としては国家のため。乱世の倣い、敗れ去った者は勝者に従う。今はかの国の属国である以上、参戦を拒否すれば後が怖い。

 もう一つは、将が彼であったから。

「真っ直ぐで、鋭い。だが、力が足りぬよ」

 騎馬隊の、先頭に立つ男が一歩抜きんでる。思い浮かべるはあの日、守るべき者を守れなかった弱き己。幾度も、幾度も、自害しようと思った。後を追うべきだと、思った。王を守れぬ騎士に何の意味がある、そう恥じた。

 だが、まだ死ねぬのだ。もしかすると、あの御方が生きている可能性があるから。だから死ねぬし、自分が泥を被ろうとも国家は存続させる。

「勝利を、もぎ取る、執着が、足りぬッ!」

 ランベールは悪寒を覚えた。身長、体重、それほど自分と変わらない対面であるが、雰囲気が肥大化し、巨大な戦士を象る。そのプレッシャーたるや――

「おい、誰だ、こいつ⁉」

「憤ッ!」

 咄嗟にランベールは槍で受け流しつつ、馬をそらした。そうせねば、今の一撃で死んでいたから。これだけしてもなお、手に残る重さ。この体格の人間が出して良い威力ではない。しかも、この騎馬隊全員が――

「破ァ!」

 同じく体重の乗った威力抜群の剣を扱うのだ。たった一度の邂逅で、戦士としての格付けが、隊としての格付けが、済まされてしまう。

「速さだけでは、誰も倒せん。何も、守れぬ」

 ガリアスが誇る精鋭たち。快足自慢の猛者が、一蹴された。

「なんだ、あの部隊は⁉」

 ガリアス本陣も騒然となる。王の左腕であるカミーユは見知らぬ猛者たちに顔を歪める。先々代、先代が土台を築き、ランベールが完成させた当代の『疾風』は間違いなくガリアス、いや、ローレンシアでも指折りの群れであろう。

 そんなものを一蹴できる部隊など、そうそうあるはずがない。だが、現にランベールは弾き返された。ランベールのようにかわし切れなかった者や、受けようとした者はズタズタに引き裂かれている。あの『疾風』が、である。

「ありえん」

 カミーユとて同じ七王国、エスタードを代表するカンペアドールの戦は頭に入っている。個人の戦闘スタイルも含め、すべて頭に叩き込んでいるのだが、該当する人物も部隊も存在しない。それでも今、目の前にいるのだ。

「なにが、どうなって――」

 セルフィモに止められているダルタニアンは信じ難い光景を見て、困惑していた。ランベールの、『疾風』の強さは理解している。カミーユ同様、エスタードの情報は頭に入れている。そのどれにも該当せず、凄まじい強さである群れなど――

「あれがラロと言う男の強さだ」

 セルフィモは微笑む。

「敗戦国を喰らい、戦争に利用するは王道。しかし、それは最前線など身の内から離すのが通例だ。何しろ元敵国、寝首をかかれる可能性があるからな」

「……敗戦、国。まさか」

 ダルタニアンの脳裏に、浮かぶは彼が軍に所属するより前に滅んだ一つの小国。小さいながらも歴史は深く、周辺国からの信も厚き名君が治める国があった。『烈日』によって滅ぼされたのだが、陛下たちが惜しんでいた記憶もある。

「グレヴィリウス、王国」

「そうだ。侮らぬ方が良いぞ。今生き残っている連中は、最後まで抵抗し大カンペアドールやチェ様が惜しいと感じた者のみ。賢王スヴェンと共に戦場を駆け抜けた精鋭中の精鋭だ。強いぞ、特に先頭の男はな」

 ありえない話である。セルフィモの言う通り、敗戦国の兵士たちを戦勝国が用いるのはままあることだが、それをそのまま総大将の護衛に当たらせるなど聞いたことがない。特に、グレヴィリウス王国は経緯が経緯である。

 敬愛する王と王妃を奪われた彼らがエスタードに恭順を誓うなど、口で何と言おうとも心の中ではありえない。それなのに、ラロは彼らを自分の護衛にした。その上で彼を守る戦力すら前線に押し出したのだ。いつでも寝首がかける状況とした。

「……本来は牽制、奇襲が主な役割なのだろう。馬も含めて全てが軽すぎる。自身の役割に戻れ、ガリアスの将軍よ。あの男に近づかねば、我らが出ることもない。これ以上我らに、エスタードの利になることをさせないでくれ」

「滅茶苦茶言ってるぜ、あんた」

「それが通るのが戦争だ。それを通すのが、エスタードだ」

 先頭に立つ男、グレヴィリウス王国元近衛隊長コーバスはランベールに剣を向ける。その眼には暗い炎が浮かんでいた。冷たく、それでいて火傷しそうな感情。渦巻くそれはランベールを気圧す。彼にも戦う理由がある。覚悟を持ってここにいる。

「エスタードを甘く見るな。国を滅ぼしたくなければな」

 だが、亡国まで頭に入っていたかと言うと――

「くそ、全体の援護に回るぞ!」

「しょ、承知!」

 コーバスはランベールを見て、ガリアスの将兵を見て、嗤う。

「今の男でまだ、危機感がある方か。まあ、他国のことなどどうでもいい。我らは我らの祖国を守るだけ。王の帰還が果たされるその日まで」

 彼らは知らぬのだ。エスタードと言う獣を。そしてその獣の中に、新種が生まれ始めていることを。獣を率いる王、さながらその姿は羊飼いのそれ。

 あの男には借りがある。ただ、それだけであれば彼らはここにいない。彼に利用され、彼を利用することが自分たちにとって最善なのだとコーバスは考えていた。エスタードには憎しみしかないが、それでもあの破壊の獣を、終末の炎を、『烈日』という怪物をあの男が操るようになれば、誰も止められない。

 勝ち馬に乗るのが乱世の倣いなれば、グレヴィリウスもまたそうするまで。

「感謝する、コーバス卿」

「さっさと終わらせてくれ。この地に立つだけで、反吐が出る」

「わかっているとも。もう、あなた達の手を煩わせはしない」

「……そうか」

 ラロを守護するはグレヴィリウスの騎士たち。守るべき者を失い、それでもいつかの帰還を信じ、祖国のために戦う忠臣たちである。

 その重さ、当然安くはない。

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