完璧なる戦Ⅶ
ラロが陣を敷いた場所は、かすかな傾斜はあれどほぼ平面と言える平原であった。緩やかな坂の頂点を中心に広く横に広がった陣形である。中央突破してくださいと言わんばかりの見た目だが、そのまま中央を押す馬鹿はいない。
ガリアス軍の総大将である『辣腕』のカミーユはすぐさま全軍に通達する。最初から基本方針は決めてある。その通りに動け、と。
カミーユの中では『烈日』がいるかいないか、それだけが判断材料であった。いる場合はヤンが示したように、巨星以外を攻める奇策を用いる必要があった。だが、この場に彼はいない。それどころか若手中心の編成である。
ならば、がっぷり四つに組み合うだけでいい。
「まずは、ガリアスを堪能してもらおう」
ガリアス軍もまた両翼を広げ、左右に展開する。ただし、展開速度に違いはある。右が明らかに、速い。速過ぎる。
「行くぞ、野郎ども!」
「承知!」
ガリアス最速、王の右足、『疾風』のランベールが率いる騎馬隊が駆ける。それに付き従うのは本来、右足とは別の指揮系統ながら、組み合わせが良いと言う理由で左足の副将、エウリュディケが彼らの後ろにぴたりと張り付く。
まるで、一つの生き物のような動き。
「見事なものだ」
ラロは素直に称賛する。『疾風』の馬が高品質なのは誰もが知っている話だが、あの速さを生んでいるのは極限まで無駄を削った騎馬隊としての練度である。群れで動く以上、単独で走らせるよりも当然遅くなるが、その差が極端に少ない。
人馬共に訓練を重ね、極限まで削ぎ落としたからこそ、あの速さがある。
「初顔合わせは、こちらの負け、か」
騎馬隊を迎え撃つためにがっちりと長槍を構えていたエスタード側の左翼。これだけガチガチに構えていれば躊躇いも生まれるはず。だが、『疾風』は足を緩めない。部下も一切、緩める気がない。彼らは信じているのだ。
「力、七分以上」
「承知!」
接敵間際、天より雷が降り注ぐ。矢の雨が、敵最前線を襲ったのだ。これだけ敵味方が近いと言うのに、躊躇いなく後ろの部隊は掩護射撃を敢行。ただ一人の誤射もなく確実に前線を崩してのけた。そこに、怒涛の勢いで――
「貫けェ!」
風が突き抜ける。一度食い込んでしまえば速さが衰えぬ限り、歩兵が騎馬を止めるのは困難である。嵐のような勢いでエスタード左翼を蹂躙する。
その外側に展開した『迅雷』エウリュディケは側面から弓を射る。細かい指示を出しながら、確実に相手を削ぎ落としていく。
あまりにも速く、苛烈なる攻め。
「なんだこの攻めは⁉」
ガリアス最速の騎馬隊の下を引き上げ再構築したことでランベールは王の右足に任命された。それと同様にエウリュディケもまた私兵などで固めた弓騎馬隊を結成し、高い評価を受けていた。だが、そもそもこの両者折り合いが悪い。
自らを凡人と称し、平均を高めようとするランベールと、才人を集め鍛えることで強力な群れを作り上げようとするエウリュディケでは思想が違い過ぎた。生まれに関しても異なり、特にエウリュディケが彼に拒否反応を示していた。
だが、少し前ストラクレスに蹂躙されたことでエウリュディケの態度が軟化し、強くなるためにランベールと協力する姿勢を取ったことで、新たなるガリアスの代名詞、後に『疾風迅雷』と謳われる戦術が開花した。
そもそもこれほど統率された騎馬隊と言うのも大陸では珍しく、それ以上に技術を要する馬上弓を用いる騎馬隊など前例すらない。個人であればいざ知らず、これを部隊として組み合わせたのはガリアスが、彼らが初であった。
「出し惜しみする気はない、と。実にエレガント」
エスタード左翼は完全に瓦解寸前であった。
そして、右翼もまた衝突する。
ガリアス左翼、こちらは彼らの右翼とは異なり歩兵中心の編成であった。先陣を切るは巨体の男。愛用の牛刀を握り、弓での牽制をものともせずばく進していく。その様は、人ではなく牛のような威容である。
「あー、お前ら退いてろ。こりゃあ止まんねえわ」
「ぬっ⁉」
がぎん、重苦しい金属の衝突音が戦場に響き渡る。
「強いな。名はなんだ?」
「デシデリオ様だ。テメエも名乗っとけよ、死ぬ前になァ!」
「バンジャマン・ブルゼだ」
「いい名前だ。強そうだぜ、おっさん!」
「……まだギリギリ十代だ!」
「嘘つけェ!」
双斧使いであるデシデリオとバンジャマンが派手に打ち合う。人対人とは思えぬ異音を轟かせながら、周囲に違いを見せつける。
「ったく、相変わらず派手だな、おい」
そんな中、するすると敵陣に食い込んでいく男がいた。名はジャン・マリー・ド・ユボー。ガリアスが誇る『金冠』ジャン・ポール・ド・ユボーの血統であり、彼直々に『銀冠』という二つ名が授けられたほどの才人である。
難点があるとすれば――
「おっ、強そうなやつ見っけ! 一騎打ちだァ!」
強そうな相手を見ると大局など意にも介さずに飛び掛かり、一騎打ちを仕掛ける癖である。根っこが馬鹿とは誰が言ったか。
「ほう、この私に勝負を挑むか!」
同じ何かを感じ取ったのか、挑まれた方も嬉々として飛び掛かる。
槍と細剣が交差する。
「テオだ」
「ジャン・マリー、マリーで良いぜ」
「「勝負!」」
乱戦のど真ん中で一騎打ちを始める身勝手な二人組。これで両名とも指揮官が手放せぬほどの使い手なのだから質が悪い。互いに突きを主体とした戦闘スタイルであり、互いに華麗で変幻自在。戦いの最中、周囲の視線が引き寄せられてしまう。
この二人には、そういう引力がある。
「いいねえ。ランベールより上手いじゃねえか」
「強い、ではないのだな」
「へっへ、まあ、そういうこった」
常人には理解し難い武技が交錯する。何故こんな発想が出来るのか、何故こんな動きが実戦で適うのか、凡人には理解できない。
「マリーさん、先に行きますよ」
「テメエは相変わらずクソ薄いな。好きにしろ。ただし――」
「俺の邪魔はするな、ですよね。聞き飽きました」
「この、生意気な野郎め」
するりと一騎打ちする二人を抜け、一人の男が無駄なく敵陣を進む。止まりそうで止まらない。斬れそうで斬れない。届かないようで届く。
殺されないようで、殺される。
「ラロ・シド・カンペアドール、如何ほどのものか」
男の興味は一つ、自分の主である『金冠』がべた褒めしていた相手を確かめること。うち一人はすでに一線を退き、北方へ下ったが、もう一人は目の前にいる。
その力を探るのが――
「こそこそと美しくない!」
目的。クラビレノの鎖鎌が迫るも、男はするりとかわし鎖の部分を掴む。
「理解に苦しむ。戦場で使うような武器ではない」
「は、放せ!」
「私の邪魔を、するな」
ぐい、と引っ張りクラビレノは体勢を崩した。あっさりと自分の技が攻略されたことに動揺を隠しきれぬ少年の眼前に男が迫る。剣を振り上げ、
「お邪魔するよ」
「ッ⁉」
振り下ろさんとするところに、別の剣が伸びてくる。
するりと、喉元を掻っ切るような軌跡で。
「何者だ?」
男は咄嗟に後退し、距離を取った。目の前の男から武の匂いはしない。装備も決して華美ではなく、主張するような何かもなかった。
だが、間違いなく技は切れる。
「ピノ・シド・カンペアドール」
「……『烈海』、か」
「私も名乗ったのだから、君の名も教えて欲しいのだけど」
「黄金騎士団所属、アルセーヌだ」
「覚えたよ。だけど、ここは通行止めだ。君はラロに届かない」
「ちィ」
無駄のない打ち合い。デシデリオらのように弾ける様な力に満ちているわけでも、テオらのように美しさが迸るわけでもない。技術を突き詰め、理合いを修めた者動詞のみが奏でる、傍目には見えぬ技の応酬である。
「クラビレノ、喧嘩を売る相手はよく見定めることだ。君はもっと強くなる。だけど、ここで死ねばそこまでだ。それじゃあつまらないだろう?」
「わかった!」
そう言って駆け出していくクラビレノ。その次の瞬間には強そうな相手に飛び掛かっていく。あれは長生きしないな、とピノはため息をついた。
「何故、貴公ほどの使い手が海になぞ追いやられている?」
「……海になぞ、と私は思っていないのだが……そうだね、しいて言えば、ラロ・シド・カンペアドールがいるから、だ」
「それほどか」
「ああ、彼は巨星になるよ。三つではなく、一つ星として」
「それは、ガリアスにこそふさわしきモノだ!」
剣が交差する。火花散らし、この場は拮抗した。
互いに両翼を押し出した形だが、その明暗はくっきりと分かれた。片方は何とか拮抗しつつ、もう片方は壊滅的状況。すでに最初の邂逅で優劣が決まる。
状況はガリアスに傾いていた。
○
「なーんだ、僕ら要らないじゃん」
「だねー」
ガリアス左翼の後列で、退屈そうにする双子の兄弟。まだ主力を出していないのに状況はガリアス優勢なのだ。こんなもの、勝負にもなっていない。
「で、新人はどう思う?」
「聞いても無駄でしょ。まだ何にもわかんないって」
「野盗だったもんねー」
「学もなさそうだしー」
双子は嬉々として隣で顔をしかめている男に問うた。彼らの師である男から帯同させろと言われ連れてきたが、そもそもこの二人その命令に関してご立腹であったのだ。こんな男を特別扱いする理由がわからない。
何もわからぬ野盗崩れの男など――
「奥、僕なら怖い思いますけどね」
「奥ゥ?」
「何の話?」
「本陣の先、僕ら確認出来とらんでしょ?」
「そりゃあこんだけ見晴らし良いとさ、敵の眼掻い潜って背後になんて回れないでしょ。って言うか何、本陣の後ろに敵の大ボスがいるってか?」
「ありえねー。総大将の首取られてから、真打登場ってどんな戦?」
「まあ、ただの勘ですわ」
蛇のような男は敵陣に佇む男を見つめる。色々な人を見てきた男だが、あの男に関しては何もわからない。ただ、広く深いのは何となく理解できる。
底知れない。遠過ぎる。自分なら、戦わない。自分なら、避ける。
『ディエース、勝負!』
一瞬、何か小さいのが過ぎったが、男は首を振って思考から消す。
○
「おいラロ。さすがにあれはヤバいだろ。俺を左翼に回せ」
「私でも構わんぞ」
中央で構える本陣にはディノとセルフィモがいた。彼らは劣勢の戦場を見て、いても立ってもいられなくなってしまう。
「それじゃあ勝てない。ここは我慢する局面だ」
「我慢って、左翼が完全に崩壊するぞ!」
「手は打ってある。根本的な解決にはならないが……そんなことよりも気合を入れろ。敵も中央に大駒を用意しているようだ。がっぷりとぶつかって来い」
「手、ってなんだよ」
「見ていればわかる」
ラロは余裕の態度を崩さない。長い付き合いである同い年腹違いの兄弟ディノでもたまにわからなくなるのだ。この男が何処を見て、何を考えているのかが。
ただ、一つだけわかる。この男は出来ないことを口にしない。口にしたことは全てやってのけてきた男である。
「あの人が到着するまでに、間に合うんだな?」
「ああ、もちろん」
ディノは自軍の左翼を見つめる。ラロの打った手が、大外から放たれていた。だが、あんなものでどうにかなる勢いとは思えなかった。
何しろ彼らは仲間ではない。たかが――
○
エウリュディケは目を見張る。自分が放った矢が、別方向から飛来した矢に当てられ、地に落ちたのだ。許せないことである。
自分の矢が、見切られたと言うことだから――
「無礼ね」
「あれが噂に名高きケラウノス、か。相手にとって不足はない、が」
「仕事だぞ、マクシミリアーノ」
「わかっている。ロジェ」
「俺たちは『疾風』ってのを相手してくる」
大外から回ってきた部隊が二手に分かれる。片方は『迅雷』をけん制する形でうろうろし、もう片方は混戦模様となっている戦場に突っ込んでいった。
本来、エウリュディケらはその部隊を咎めるべきだったが、あの弓手がいる以上視線を外すことは出来ない。注意をそらせば、たちまち射貫かれてしまう。
「さあ、仕事の時間だ」
彼らは傭兵。提示された金額分の仕事を果たす、戦士の群れである。
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