出会いⅡ

 グレヴィリウス王国。かつては多数の小国群を束ね大国ネーデルクスとも渡り合った小さき騎士の国とローレンシアにて一目置かれる国家であった。しかし、近年躍進を続けるエスタードによって周辺国家がことごとく蹂躙。

 とうとう国境線が接するところまで至った。

 大国に挟まれたグレヴィリウス王国は選択を突き付けられる。ネーデルクスにつくか、エスタードにつくか、二つに一つ。神失えど世界に覇する三貴士を掲げるネーデルクスか世界を飲み込む大炎カンペアドール兄弟か。

 結果としてグレヴィリウス王国は長き付き合いであったネーデルクスの手を取る道を選んだ。当時の選択としては何の間違いもない。丁度、そのタイミングで兄弟が真っ二つに割れたこともあり、エスタードは凋落すると見られていたこともその選択に拍車をかけた。兄であるジェドが弟シドに対し短期決戦を仕掛けたことで国力低下は避けられたのだが、それは結果論でしかなかった。

 ネーデルクスは友好の証として王家の血を、天輪の乙女ディアナをグレヴィリウスの王スヴェンに差し出した。美姫の登場にグレヴィリウスは沸き立ち、あまりにも大きな贈り物にスヴェンらは苦虫を噛み潰したような顔となっていた。

 贈り物の大きさは枷の強さ。

 絶対に裏切るな、ネーデルクスの強い意志が感じられたから。これでグレヴィリウスはかのアクィタニアの如く翼をもがれたも同然。ガリアスかネーデルクスかの違いでしかない。いわば属国に堕することとなった。

 だが――

「……あれ、ディアナ様じゃ」

「そ、そんなわけないだろ。王妃様が公園で花を植えているなんて」

「でも、どう見てもご本人だぞ。作業着だけど」

「だよなぁ」

 すぐにグレヴィリウスはそのような枷を忘れ、送られてきた新たなる王妃を愛するようになる。あのネーデルクスの王族、と身構えていたのが馬鹿らしくなるほど彼女は型破りで、身分を分け隔てることなく皆を愛した。

 愛されて悪い気がする者などこの世界にいるだろうか。

「……あれだけの草花、どこから費用を捻出したのだ?」

「持参品を売りました。私しか愛でることの出来ぬ宝石より、皆が愛でることのできるお花の方が素晴らしいでしょう?」

「……なるほど。やってくれたな、ネーデルクスめ」

 おそらくはネーデルクスであれば持て余したであろう個の強さ。あちらでは異分子、美貌によって国民人気が高いのも逆にマイナスだったのかもしれない。体の良い厄介払い。問題はグレヴィリウスにとって、何よりもスヴェンにとって、ネーデルクスの想定を遥かに超えるほど、そのマイナスはプラスに働いてしまったこと。

 ほどなく、誰もが枷のことを忘れた。誰もが彼女を愛した。

 そして彼女もまた第二の故郷を心より、愛した。

 戦乱の世、楽園は確かに在ったのだ。

 そんな世界に彼は生まれた。

 カイ・エル・エリク・グレヴィリウス。スヴェンとディアナの間に生まれた一人息子である。民に愛される二人の子、当然のように民から愛された。

 そして両親もまた彼を愛した。

「カイ・エル」

「……はい」

「喧嘩になったとは聞いた。先に殴られたのもお前の申した通り。だが、何よりも先んじて彼を侮辱した、というのは聞いていない」

「へ、陛下。侮辱というほど大げさなものでは。それに事実ですし」

「コーバス。事実であったとて言の葉に乗せれば角が立つこともあろう。それを解さぬこと、何よりもそれを私に黙っていた事実が度し難いのだ」

「ま、まだ殿下は幼く――」

「年齢は関係ない。二人とも、前に来なさい」

 スヴェンが息子であるカイ・エルとコーバスと呼ばれた男の息子を手招く。

 前に立たせ、

「憤ッ!」

 拳骨を二発、平等に見舞った。頭がかち割れるほどの威力。当然二人は大泣きしながら床をのたうち回る。

「言葉には時に剣をも越える力を持つことを解せよ。そして拳には出さぬ強さもあることを解せよ。双方、これにて仕舞いとする」

 拳による説教でそれを言うか、とコーバスなどは思ったが、謝罪に来て如何なる処分も覚悟していたところにこれを見せられたならぐうの音も出ない。

 まさに両成敗、である。

 ちなみにこの原因は――

「ま、まさか齢七つで近衛隊長のコーバスさんを」

「馬鹿、本気じゃねえよ。でも天才だわな、ほんと真綿もびっくりの吸収力だ。教えたことはすぐに出来るし、教えてもないのに応用を思いついてくるしよ」

「なによりも体の大きさが七歳じゃないよ。もう俺の胸ぐらいあるぜ」

「デカい、上手い、最高の戦士になるな、こりゃ」

「国外初の三貴士になったりして?」

「ありえねー、とも言い切れないよなぁ。今のネーデルクスの状況とグレヴィリウスの立ち位置、何よりも超ド級の天才カイ・エル殿下だ」

 稽古で近衛隊を率いるコーバスを倒したこと、それを同じ年の友人であるコーバスの息子に自慢げに語ったことが発端であった。

「ただ、まあ唯一の難点を挙げるなら――」

 兵士の一人が遠くで新人に『教えて』いるカイ・エルを見る。

「だから手首はこうやってグイっと、腰はぎゅん。あー、姿勢はピンとしてなきゃ。ダメダメ、剣をこうやってヒュン、と唸らせるんだよ」

 教えること、言語化が致命的なほど下手くそであること、それがカイ・エルの難点であった。もちろん七歳であることは加味すれば当たり前なのだが、彼自身は言葉も文字も大人顔負けの知識量を誇り教えること以外は大人並なのだ。

 つまり、おそらくは教えることの伸びは今後望み薄、だと考えられる。

「コーバス、今後手抜きをしてやるな」

「……それは、傷を負わせてしまうかもしれませんが」

「構わん。低い達成感を得るよりも挫折の方が得るものは多い」

「承知いたしました」

 七歳にして大人とも渡り合う才覚。スヴェンはそれを眺めながらため息をつく。近日中に息子の才覚はネーデルクスの耳に入るだろう。すでに入っている可能性もある。強い才を世界は見逃しはしない。特に今のネーデルクスは――

「……願わくば、先んじて長きに渡る戦乱の終息を、か」

「陛下?」

「ただの独り言、だ」

 スヴェンは祈る。あの才覚が無駄になることを。

 無駄となる世界が来ることを、ただ、祈る。


     ○


 だが、その少年の存在に反応したのはネーデルクスではなくエスタードであった。しかも尋常ならざる反応を、闇夜が赤らむほどの蹂躙劇を。

 確かにグレヴィリウスはネーデルクスとエスタードに挟まれた立地である。だが、戦略的に重要な要衝かと言えばそうでもない。そもそも場所を移せばネーデルクスとエスタードが直接接している国境線などいくらでもある。

 むしろグレヴィリウスになど兵を割く余裕がないほど、日常的に彼らはぶつかり続けている。だからこそ、その襲撃を予想する者は誰もいなかった。

 理由が、無いから。

「……エレガントではない」

 チェ・シド・カンペアドールの副将として軍に帯同する若過ぎる将、ラロは顔をしかめていた。備えのない軍勢を蹂躙する。戦術家としては楽でいいが、そこに何の戦略的意図も無ければリソースの無駄遣いでしかない。

 戦うべき相手などいくらでもいる。東はネーデルクス、西のガルニアも怪しげな動きが目立つ。南のサンバルトはガリアスと手を組み圧力をかけてくる。

 無意味な戦いをしている場合ではない。

「エル・シド・カンペアドールの決定だ。弁えよ、小僧」

「……承知しておりますとも」

「顔に出ておるわ。阿呆」

 チェとて愚かではない。この進撃に何の意味もないことは理解しているだろう。それでも彼はエル・シド・カンペアドールの命であれば泥水でも啜る。

 国一つ、血で染めることも彼は是とする。

「蹂躙じゃァ!」

 エル・シド率いる本隊が来る前に露払いを済ませる。ろくな抵抗もなくグレヴィリウスの王都までの道が拓けた。それはもう、戦いではない。

 ただの虐殺である。


     ○


 その報せを聞いて、スヴェン王は自らが守るべき二つを思い浮かべた。国家と家族、王なれば迷うべきではない。されど、迷った。革新的な法制度を整備し、かの革新王に賢王と言わしめた男でさえ、迷ってしまった。

「スヴェン!」

 だが、その迷いは――

「……ディアナ」

 彼女の眼が断ち切った。眠気眼の息子を抱きながら、自らではなく皆を優先せよ、と彼女の眼は言っていたのだ。持参品を売ってこの国を花で満たした時と同じ、彼女ほど人民のための王族を体現する存在はいないだろう。

「コーバス! 民の誘導を任せるぞ!」

「陛下、私も」

「もしもの時は貴様が守れ。その剣は何がためにある!?」

「……しょ、承知!」

 スヴェン王は王としての道を選んだ。その貌に迷いはなし。

 されど心中は、息子への謝罪に満ちていた。父の、母の、生き方に巻き込んで済まない、と。許さなくてもいい。ただ、生きて欲しい。

 それだけを胸に、王は立つ。


     ○


「なるほど、賢王スヴェン、伊達ではない!」

 闇夜、急襲、そして対峙するはエスタード屈指の破壊力を誇るチェの軍勢。これ以上ないほどの悪条件を揃えながら、その王は先遣隊であるチェの軍勢を上手く捌いていた。規律の取れた軍である。百戦錬磨のチェを翻弄していた。

「ふむ、最新型の布陣か。勉強家だな、スヴェン王」

 これならば戦になる、とラロは最前線のチェに視線を向けていた。ここで彼が戦死すれば自分が総指揮、そうなればこの戦にも多少の意味を持たせられるだろう。猛将のチェと個でも渡り合うスヴェン王相手ならば――

 そう考えているとたまたまか、チェと視線が合う。

 見ていろ、という眼。

「……勢いが殺された以上、チェ殿で捲れるとも思えんが」

 実際に押し返され始める軍勢。チェだけはさすが、包囲されかけてもなお奮戦を続けているが時間の問題であろう。そろそろ己の出番、そう思い始めていた。

 その時――闇夜を塗り潰す太陽が現れた。

「……大カンペアドール。そこまで、やるのか」

 三貴士、いや、英雄王と対峙する時の如し圧を備えた怪物が戦場に降臨する。三大巨星『烈日』エル・シド・カンペアドール。

「これが、巨星か」

 スヴェン王が息を呑む。

「遺言はあるか?」

 チェの問いにスヴェンは逆に問う。

「何故」

 短く、それでいて全てが詰まった問。チェは顔をしかめ――

「ネーデルクスから王族を迎えたこと、わしらの進撃によって多少は戦力的価値が生まれたこと、いくらでも理由などある。戦乱の世じゃ」

「その理由であれば、今である必要など!」

「昨日までであれば、父上も動かなかったわ!」

 チェは顔を歪め、歯を食いしばり、吼えた。

「どういう、ことだ」

「わしらの弱さがエル・シドに蹂躙を選ばせたのだ。明日への憂いを断つために。頂点は頂点を知る。見ずとも、のお。そういうことじゃ」

 スヴェンは理由に愕然とする。謎の急襲、その意図に顔が歪む。カイ・エル・エリク・グレヴィリウス、その巨大なる才能を感じ取り、ただそれを摘むためだけにわざわざこの地にまで押し寄せたのだ。信じられない暴挙である。

 それでもスヴェンは納得してしまった。息子の器を誰よりも知るがゆえに。あの子は巨星に至る。そして、その時には丁度旧き巨星も落ちることになるだろう。老いには勝てない。さすれば一つの太陽に支えられたエスタードは落日する。

 その明日を避けるために、それだけのために、彼は来た。

「息子は何処じゃ? それで戦は終わる」

「そこまで、それほど、か」

「国も、貴様も、ここより蹂躙される全てが、救われる」

 突き付けられた選択。背後の国を、自らが守るべき世界をスヴェンは見た。

 だが、

「……私が、『烈日』を討てばよいだけであろうが!」

 だが、それだけは、それだけは、選べなかった。

 チェは無言で大斧を引く。そして手で合図し道を開けさせた。

 その先には『烈日』が――

「誰にも言うまいよ。貴様の選択を。父ではなく、王として逝ね」

 無慈悲なる太陽、そこに裂ぱくの気合をまといてスヴェン王が向かう。王として、父として、この怪物から少しでも時間を稼ぐために。

 全てを乗せた大剣と怪物の大矛が衝突した。

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