出会いⅠ
自由に生きていい。
それが親から自分に与えられた言葉で、唯一記憶に残っていることであった。
二人ともおそらく自分に似た顔立ちであったと思う。ローレンシアにおいて風変わりな肌の色も、たぶん同じ。
自信がないのは明瞭に覚えていないから。
あの二人にとって自分は愛し合い、自由を謳歌した結果、生まれた産物でしかなく愛すべき対象ではなかったのだ。
それは別にかまわない。彼らを憎んでいるかと言うとそんな感情は芽生えたことすらなかった。特に感情はない。長く生きることも望んでいない。自害するほど悲観しているわけではないが、しがみつくほどの執着もない。
自分にとって生きるとはそういうもの。
そういうもの、だった。
〇
しくじった。
毎日コツコツと小物を狙うのが面倒くさくなり、あの二人のように大物を狙ってみたが手厚い歓迎を受けてしまった。
致命傷こそないが傷だらけ、傷のせいで動き回れず食事の確保もままならない。
このまま飢えて死ぬ。
そう考えたとき、さほどショックを受けぬ自分がいた。
欲しいものなど何もない。
生きる糧、それを得ることすら惰性で億劫に感じていた。
初めから無かった。そう考えればとても楽。
死を受け入れ、このまま朽ちて消え去ろうと心に決めたぐらいで――
「大丈夫?」
彼が現れた。
綺麗な黒い髪、自分と同じ色合いなのにどうしてこんなにも違うのか、と思った。ただ、自分にすら興味がない私が他者に興味など抱こうはずもなく――
「…………」
何の感情も、何の言葉も、出てこなかった。
気づけば彼は去っていき、自分は一人に逆戻り。
これまた何の感情も浮かばなかった。
でも、少年がりんごを携えて戻ってきたことで、押しつけがましく食べさせようとしてきたことで、私の中である感情が芽生えた。
こいつ、おせっかいだな、と。
別に生きたいなんて思っていない。死んだ方がマシとさえ思い始めた矢先に、こんなおせっかい焼きが現れて穏やかな終わりを邪魔してくるのだ。
「なぜ?」
だから問うた。何故邪魔をするのか、と。
「んー、君が可愛い女の子だから、かなぁ」
質問の意図が伝わっていないのか、伝わっていてこの返しなのかはわからないが、とにかくおせっかいをやめる気配すらない。
段々イライラしてくる。
「ねえ君、怪我してるの?」
しかし、伝わらないのかさらに踏み込んでくる。
「かまわないで。さわったら殺す」
だから弾き返そうと思った。
「殺されるのは嫌だよ。でも構う。君は綺麗だし、僕は友達が欲しいんだ」
でも、このおせっかいは関係なくぐいぐい来る。
「……馬鹿?」
何を言っても意味がない。
「うん、よく言われてる。鞭もよくもらうしね。僕はアル、君は?」
聞いてもないことを言ってくる。
言う義理はない。得意の沈黙で弾き返そうとするも、待ちの姿勢を崩す気はないようでべたべた触ってくる。不快ではないが意図が分からない。持ち上げようとしたり担ごうとしたり、やはり意図が分からない。
ただ、返事を待つ姿勢だけは不動。かたくなな男である。
「…………ファヴェーラ」
まさか自分が沈黙に耐えかねることになるとは思ってもいなかった。あの二人が識別するためだけの名称で、それ以外に初めて彼女は名乗った。
「よろしくね、ファヴェーラ。ほら、背負うよ? ねえさんに見てもらおう」
なんで人の名前を聞いただけでこんなに笑えるのか、自分には微塵も理解できなかった。ねえさんが誰かも知らないし、勝手に背負って勝手に「ぐぬ、重い」とほざいてくれたのは非常に心外であった。同じ年頃の平均よりもきっと軽いし、重たく感じるのはそっちに力がないから。
押しつけがましくて、気にくわないと思った。
他者に対して何かを想うということ自体が希薄、皆無だった自分がこうまで揺れたのは人生で初だったかもしれない。弱っていたし、終わることへの安堵もあったし、それが全部吹き飛ばされたから仕方がなかった。
「あら、どうしたのアル?」
「僕が拾ってきたんだよ、ねえさん」
私は犬猫家畜じゃない。いつになくエモーショナルな自分に驚く暇もなく、二人の姉弟に巻き込まれてしまう。
「ま、この子すっごく美人さんね」
この人はよい人。
「ええ、ねえさんの方が美人だよ」
こいつはよくない人。
「こら、アル! ごめんね、この子ダメダメなのよ」
「ぐぬ、ファヴェーラのせいで怒られたじゃないか」
本当にダメダメなやつだ。
でも――
「あら、すねて引きこもっちゃった。こんなボロ屋隠れる場所もないのにね」
「あいつ馬鹿」
「ふふ、でも、あれで可愛いところもあるのよ。へたっぴなのに誰かのためにりんごを盗んでくる、とかね。まあ、盗みだから褒めるべきじゃないのだけれど」
「……なぜ?」
なんで見ず知らずの自分に、そう思った。
「んー、子守歌のおかげか。私のしつけのおかげか。はたまた……まあ、きっとあの子は根が優しいのよ。それが私の、唯一の誇り」
そう言いながらこの人は体を見てくれる。
「お医者さんじゃないけど、長年底辺だとヤバい傷か、大丈夫な傷か、だけは判別がつくようになるの。うん、大丈夫ね。貴女は大丈夫!」
キラキラした笑顔だな、と思った。あと髪も綺麗。
「カビてるけど柔らかめのパンと凄まじくカチカチのパン、どっちがいい?」
正直どっちも嫌。
「このアルレットお姉さん特製シチュー付きね」
「じゃあ、カチカチ」
「合点承知。ささ、入って入って。すっごく狭いけどね」
謙遜かと思ったけど、本当に狭くてびっくりした。
あと、シチューは優しい味がして好き。パンは鋼のように硬かったけど。
「なんだよ? シチューはあげないぞ」
「……べつに」
やっぱりこいつ、きらい。
○
それなのに気づけば毎日一緒にいた。
「ナイス、ファヴェーラ!」
「アル、投げるのだけは本当に上手」
「だけって言うな!」
私が盗んで、逃げる途中アルに渡す。そしたらアルが屋根の上に設置したかご目掛けて投げるという高度な戦術。投げられない大きなモノは盗めないという欠点を除けば物的証拠を残さない優れた戦術だと思っていた。
これは三人組になった後でも採用していたけど、大人になった後考えるとアルに渡すパートはあっても良いけど、投げるのは目立つし意味なかったな、と思った。
まあでも、あの二人ならきっと投げてキャッチするまでがロマンだ、と言っただろうが。今考えると私だけにリスクを負わせないための苦肉の策、だった気もする。あの時の二人にそんな考えがあったかはわからないけれど。
ああ、そうそう、もう一人は私とアルが出会って一年後くらいに――
「ぶっ殺すぞ奴隷身分が!」
「お前だって奴隷じゃないか! あと、謝れ!」
「あン?」
「私、身分無し」
「わかったか! ファヴェーラに謝れ!」
「……なんなんだよ、こいつら」
本人曰く一番荒んでいた時期のクソ野郎カイルが現れる。
正直言って、出会った当初はぶち抜けて嫌いな人だった。その辺の有象無象より嫌いだったし寝首でもかいてやろうかな、くらい思ってた。
まさか未来でああなろうとは……本当に明日はわからないものである。
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