第19話 「もしかして呪文対決?」

人間の恭介は朝から出社し夕方には帰って来る。


時々、残業や付き合いでやむを得ず遅くなる時もあるがどこで何をしてるか夏海さんに必ず連絡を入れるので俺たちとしては労せずに行動を把握出来るので助かる。


夏海さんの方はマンションで掃除や洗濯、料理など慣れない家事に慌ただしく動き回っているが楽しそうに見える。


外出することは皆無と言っていいほど無く、買い物に行く時は恭介と仲良く出掛けるし夜は週末に外食をする為に出掛けるぐらいで2人で楽しく暮らしていた。


正確に言えば俺と蛍を含め4人暮らしなのだが俺たちの姿や声は人間である2人には認識出来ない。


ただ、恭介だけは勘が鋭いというか霊感が強いので他に誰か居ると感じてることが時々あるようだが俺たちに宛てた手紙を書き残してるのだからある程度の事情は知っているはずだ!


マンションで数日を過ごした俺たちは夜になると2人で街へと出掛けて奴らを探すことにした。


蛍が無理なく歩けるよう彼女の歩調に合わせながらゆっくりとマンション付近を歩く・・・

まだ完全な人間の姿に戻っていないのが幸いしたのか彼女の傷の具合も驚くほどに治っているが相手は蛍をあれほどまでに傷めつけるほど強いのだろうから油断は出来ない!


夏海さんとこの蛍の両方を守り抜くことが俺の使命であり敵を倒すことが目的では無いと、いつの間にか焦りを覚え始めている自分に言い聞かせながら周囲に気を配る。


マンションに隣接する駐車場の前で見上げながら立つ不審な人影をみつけたのはそんな時であった。


そいつの視線の先には人間の恭介と夏海さんが2人で暮らす明かりの消えた部屋があるように思えて悪い予感がした!


「もしかして警官を殺したのはあいつなのか?」

俺の背中に隠れながら息をひそめている蛍に訊くと

「あいつよ、あいつが警官を殺した犯人よ・・・」

囁くほどの小さな声で彼女が答える

彼女が怖いのは人間のそいつではなく、どこかに居るであろう悪霊の存在が恐ろしいのだ。


「悪霊の姿が見当たらないからしばらく様子を見てみよう」

俺は物陰に隠れると背後から襲われた時の為に蛍を自分の前に抱き身を潜めた・・・


何事があっても彼女は俺の手で守らなければならない!

男はしばらくその場を動かなかったが恭介と夏海さんが暮らすマンションの非常階段へと向かい上り始めた。


靴底がゴム製のスポーツシューズを履いている為にゆっくりと昇っている男の足音はほとんど聞こえない。


奴が2人の部屋に向かっているのは間違いないが一緒に居るはずの悪霊の姿がどこにも無かった。


「悪いが俺を連れてあの階段の上まで飛んでくれないか?」

こうなってしまってはそこで奴らを待ち伏せて止めるしか方法が無いと思った俺は彼女にそう頼んだ。


「そんなに心配しなくても私は大丈夫よ!」

「あそこまでだったら今の私でも楽に連れて行けるわ」

そう言って俺の手を握った彼女は空へと一気に飛び上がると数秒のうちに非常階段の上まで到達した。


「蛍、大丈夫か?」

「お前はここで休んでろ、あとは俺が奴らを何とかする」

少し息を切らしてふらつく彼女の身体を支えながら内側から鍵の掛かった非常口の前にそっと座らせると

「悪霊と悪霊の戦いって、もしかしたら魔法とか魔術なんかを使いながら呪文対決みたいなことをやるのか?」

「俺はそんな呪文とか何も知らないぞ」

今更ながらだが俺は彼女に訊いてみた。


「今まで何も聞かなかったから知っていると思ってたんだけど何も知らずに戦うつもりでいたの?」

「悪霊の力は怨念とか呪いだけど、それは人間に対して使うもので悪霊同士だと殴り合いみたいな肉弾戦よ」

そこまで言った彼女は心配そうな顔をしながら

「あいつは私が仕えて来たどの悪霊たちよりも凶暴で全身から悪意をみなぎらせていて凄く怖かった・・・」

「情けとか躊躇いなどは微塵も無いから気を付けてね!」


恭介の屈強そうな体格を見る限りでは大丈夫とは思うのだが、あの夜の悪霊は何かが他の悪霊とは明らかに違っていた。


怨念や悪意が悪霊の力を増幅させるのだとすれば今の彼があいつに勝つのは難しいかも知れない?


だが、そういう困難をひっくり返す何か特別なモノを持ってると期待させてしまうのが彼なのだ。


問題なのは人間の方で、前みたいに悪霊の持つ能力を発揮出来なければ殴ることも倒すことも出来ないのだ!

加工される前は命があった木材なら何とかなるが人間の手で作られたコンクリートや金属製の扉を突き抜けて進むことなど俺たちには出来ない・・・


未だに姿を見せない悪霊も意のままに操れるあの人間を使い、必ずここを通り、扉を開けるはずだ!

そんな俺の耳に階段を上る不気味な足音が聴こえ始めた。

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